005

「さむーい!」

夜を越して甲板へ出てみると昨日とは打って変わって気温が下がっていた。声に出さずにはいられないくらい寒くなった。ちょっと前まで暑い島にいたのに次は冬島が近くにあるんだろうか。寒いのは嫌いだから少し憂鬱な気分になる。

「そんなに寒いか?」
「ルフィは寒くないの?」

細かく体を動かしてどうにか温かくしようとしてるあたしの隣で、能天気なルフィが聞いてきた。答えを聞くまでもなく寒くなさそうだな、と思ったら屈託のない笑顔で寒くなんかねェって思っていた通りの答えが返ってきた。そしてその笑顔にあたしの体感温度もなんとなく上がった気がする。エースも太陽みたいだなって思ったけど、ルフィも太陽みたい。

「いや確かに寒いがそんなにガタガタ震えるほどじゃねェよ。寒がりか?」
「暑いのも寒いのも嫌いだな!」

後から来たウソップも平気そうに話してるけど、ウソップはもう上にコートを着てた。羨ましくてじっと見てたら、あたしの視線に耐えかねたウソップにナミに着るもの借りてこいって言われたから、さっそくナミの部屋に着るものを借りに行った。

「ナミ気持ち悪くない?喉乾いた?」

部屋にはビビがいなくてナミだけだった。ナミのおでこに乗ってる濡れタオルを新しくするとありがとうって弱々しく、でも笑ってくれたからこちらこそ船に乗せてくれてありがとう、早く良くなってねって言うとゆっくり頷いてくれた。それからコートを貸してもらってるとビビが戻ってきたから交代するように外に出ると寒さなんか感じなくて温かかった。

「はー、温かーい!」
「見てるだけで汗かきそうだ」
「ん?がははー!アツアツ星人だぞおお!」
「うわっ、来んな!」

コートを来て戻ってきたあたしを見て嫌そうな顔をしたルフィを目指して走ると、眉間にシワを寄せて逃げ出したから甲板中追いかけるちょっとした鬼ごっこになった。今なら完全に無敵状態だから何も怖くないや。吹雪に吹かれたってへっちゃらさ。

「アツアツ星人って何だよ、アホか」
「がはは!……ん?雪だ!」
「うおお本当だ!」

ルフィを追いかけてるときに視界の中を大きめの白い粒が落ちてきた。足を止めてみると次から次に空から降ってくるようになって、すぐに積もりそうなくらい。ほらね、雪が降ったってどうってことない。

「よーし、アツアツ攻撃で仕留めてやるぞ!アツアツアタッうわあ!」

正面にいたルフィを見てさっきの続きをしてやろうと、ぐるぐる体を回転させて向かっていくと途中で床に躓いてルフィを巻き込んで倒れた。そんなことになってるときに上からおいってゾロに声をかけられた。

「どうしたの、ゾロ」
「医者がみえたか?」

中から毛布を持ってきたウソップに何やってんだって言われて体を起こす。正確にはルフィが覆い被さるあたしを抱えたまま体を起こしたから、されるがまま自動的に立ちあがることが出来た。

「おいお前ら。海に、人が立てると思うか?」
「人が海の上に立てるかだと?ゾロ、お前一体何を言い出すんだ」
「じゃあ、ありゃ何なんだ?」
「なにって」
「なにが」

ゾロが見ている方向に目を凝らすと海面に人が立っているように見えるものが見えた。三人で目をゴシゴシしてから見てもやっぱり同じように海面に人が立ってる、ように見える。というのも海面に人が立てるとは思っていないので頭が信じようとしないのか、理解するまでに時間がかかる。


どうしてあんなところに人が、と各自て想像を繰り返しているうちに、船は少しずつ怪しい人に近付いていった。背中に弓矢を背負ってまるでピエロのような格好に、ますます怪しさが増す。

「よう、今日は冷えるな」

警戒して動くのを待っていると、急に喋り出したから驚いて肩がビクリと揺れた。近くまできてやっと海面に立っている、と認識してから人形だと思ったのに人形じゃなかった。

「うん。冷えるよな今日は」
「ああ、冷える冷える。すげえ冷えるよ、今日は」
「ほんとほんと。雪降ってるしね」

慌てて会話をつなぐと、そうか?ってよく解らない返事が返ってきて、不思議な空気が流れてもう一回見つめ合う。

すると急に海中から大きな何かが浮き出てきた衝動で、風が起きてウソップが後ろに飛ばされた。丸い形からどんどん変形していき、最後には船の形になった。

大きいだけあって人もたくさん乗ってるみたいだ。すぐに向こうから人が派遣されて持っていた銃口を向けられて包囲される。銃を向けられることが好きじゃないあたしは自然と眉間に皺が寄る。


騒ぎを聞きつけて船内から慌てた様子で出てきたサンジくんは目に飛び込んできたこの状態を見てすぐ理解したのか、いつものように煙草に火をつけて咥えた。

「んー、で?どうしたって?」
「襲われてんだ。今、この船」
「まあ、そんなとこじゃねェかと思ったけどな。見た感じ。つーかリリナちゃんに銃口向けてんじゃねェぞクソヤロー共!」

サンジくんが怒鳴るものだから、せっかく火をつけた煙草が口から何度も落ちそうになってるのをハラハラしながら見つめてた。そんなに怒らなくてもあたしは大丈夫だよ。

「フム、これで5人か。たった5人ということはあるめェ。……まァいい、とりあえず聞こう」

肉が刺さっていたナイフごと食べた光景をみて、思わず喉を押さえる。ナイフごと食べたカバのような奴がドラム王国に行きたいから、エターナルポースかログポースを持ってないかと聞いてきた。サンジくんが軽くあしらってルフィが追い返そうとすると、カバが宝と船を貰うとか小腹が空いたとか言って船の端っこに噛みついてバリバリ、メキ、ミシ、とすごい音をたてて飲み込んでいく。海を渡る上で大切な船を食べるなんて許せない。

「これからの航海に大事な船を食べないで!」

その光景を見ていられなくなって声を上げると、この船のほとんどの視線があたしに向けられて目の前の銃がもう一度構え直された。

「黙れ!ワポル様は今お食事中だ!」
「それ以上好き勝手なことするならこっちだって黙って見ていないから」

そう忠告しても船体を食べる動きは止まらなかった。興奮気味だった気持ちを落ち着かせてから手を軽くあげて、銃を持つ一人ひとりの足元に小さな竜巻を起こすと、それぞれの体が浮き上がる。それに驚いて悲鳴混じりの声がいろんなところで上がる。

「WダウンバーストW」

人ひとり立てそうなくらい浮き上がらせてから、あげていた腕を少しの力を込めて振り下ろすと、同時に上昇気流だった竜巻が下降気流に変わり、浮いていた体が渦に巻きこまれて勢いをつけて回転しながら頭から床へ突き落とされる。

それを見たルフィはすげえ!と目を輝かせた笑顔で言ってくれた。それが嬉しくて肩を竦ませてると、倒れている人の中から意識が残っていた数人があたしに短銃を向けてトリガーを引いた。

「WシルトW」

放たれた銃弾が当たるよりも先に腕を横に振ってそう呟くと、あたしの中心から一瞬の突風がすぎて、銃弾は勢いをなくしてごろんと音をたてて床に落ちた。それまでの光景を口を開けてみていた4人をみて笑いかけてみた。

「すっげえええな、お前!」

ルフィがそう声を上げると今度は剣を構えた男たちが襲いかかってきた。身を構えるとサンジくんが横からあたしを匿うように前に立って足を高くあげて向かってきた大きい男の顔に踵を添える。

「出すぎたマネはしませんように。W受付レセプションW!」

踵を振り落として男の頭を床に叩きつけた。それからサンジくんは何もなかったみたいにあたしの方に振りかえった。

「リリナちゃんがすげェのは分かった。けど、こんな奴らにその身体から血を流させることも、知らねェ野郎の血を付けさせることもできねェよ」
「それに女に戦われっぱなしじゃ男が廃る」

サンジくんもゾロも口角をあげて笑ってあっという間に残りを倒していった。出すぎたのはあたしだったのかも、2人の背中をみてそう思った。

そうしているうちにもカバが船を食べているのに気付いたルフィが声をあげてそれを止めようとすると、大きく開いた口に食べられてしまった。けどよく見ると口から肌色の長い何かが飛び出てる。なんだろう?そう思ったときにはルフィが口の中から出てきてて、カバは海の向こうへ吹き飛んでいった。

「う、腕が伸びた?」
「ニシシ!」
「能力者だ!」

あたしがルフィの伸びる腕に夢中になっているうちに、あのカバが飛んで行ってから船にいた人たちは血相を変えて自分たちの船に戻って後を追いかけるように船を走らせて、あっという間に見えなくなった。そういえばバクバクの実がなんとかって言ってたから海に落ちたら動けなくなっちゃうんだね。