006

騒ぎが治まってひと息つこうと煙草に火をつけた。先程の戦闘を思い出しながら紫煙を十分に肺に巡らせてから吐きだす。この船を食いやがったあの雑食カバも気になるが、それよりもリリナちゃんの能力だ。何もないのに体が浮きあがってそれから小さい竜巻みたいなものが出来てあいつらを叩き潰してたし。あれは悪魔の実の能力だ。まさかリリナちゃんも能力者だったなんて。だとしたら海に落ちないように最新の注意が必要だ。

「リリナ!仲間になれ!!」
「ええ?」

突然のルフィの声にそっちに視線を寄越した。すると当の本人は目を真ん丸にして驚いた顔をしていた。そんな顔も可愛い。

「そ、そんなこと言っても、あたしはもう他の海賊団入ってるんだよ?そんな勝手なこと許してくれるような人じゃないようちの船長は!」
「ええええええっ!?」

いきなりの莫大発言に今度はおれ達が驚かされた。リリナちゃんが海賊だったことにまず驚いた。何しろこんな海賊が似合わない海賊がいるとは思ってもなかったからだ。

「ま、まさか足の入れ墨は、白ひげの?」
「うん!そうだよ」

ビビちゃんが恐る恐ると言った様子でそう聞くと、なんの気なしにリリナちゃんは即答してコートを捲り、衣類の裾を大胆にまくって大腿に刻まれている刺青を披露した。満面の笑顔付きで。お前そんな強い奴だったのかよ!と、ウソップは顔を青くして失礼なことにリリナちゃんから後退りした。

「白ひげって何だ?」
「私も実物のものを見るのは初めてで半信半疑だったから、言えなかったんだけど。この大海賊時代の中で世界最強と言われてる海賊が白ひげで、最強の海賊団が白ひげ海賊団よ!」

最強。おれ達はまだ偉大なる航路グランドラインの前半の前半で、始まったばかりだから当然おれ達よりも強い輩はこれからたくさん出てくる。しかしリリナちゃんの海賊団はその中のトップだってことだ。その意味を噛み砕いて理解すると確かに距離を置きたいと思う気持ちは分からなくもない。
そんな中ルフィは「へー、そんな強ェとこにいたのかー」なんてのん気に言う。だがそんな奴らと一緒にいるのにその雰囲気を微塵も感じさせないリリナちゃんは、純真さをこれでもかという程残している。

「おいルフィ!こいつは仲間にするべきじゃない!」
「嫌だ!おれはもう決めたんだ!」
「そんな強ェ海賊団の奴を勝手に仲間にして、もしそいつ等に見つかったらどーすんだよ!」
「おれにくれ!って言う!」
「言い方次第で捉え方間違ってくるぞ」
「異議なーっし!」

もしものことを考えて怯えるウソップがルフィに抗議を始めた。いつものように笑っているルフィに冷静にツッコミを入れるゾロを尻目に、おれは賛成の意向を示す。リリナちゃんが他の野郎のものだとしても奪えばいい。海賊ってのは欲しいもんがあったら奪うもんだろ。海賊バンザイだ。

「さっきの見てただろ!?すげーかっこよかったじゃねェか。だから仲間になれ!」
「でもあたし、ほら!もうエースの仲間だし!」
「あ、そーだ!お前といたらエースにも会えるよな。決まりだ!」

それから何でもプラスに考えてしまうルフィにはもう何を言っても意味がないだろうと悟ったリリナちゃんは、渋々といった感じで船長に会ってオッケーをもらえたら、という条件を出してその場は静まった。それを聞いた後、もう仲間に引き入れたと言わんばかりに拳を突き上げて喜んだルフィをみて、小さく笑ったリリナちゃんをおれは見逃さなかった。


その夜はナミさんの判断なしに船は動かせないとビビちゃんと話し合った結果、海の真ん中で停泊することになった。夕飯も終えて食器を片付けているとデザートを食べていたリリナちゃんと目が合うと、あろうことか不寝番をさせてほしいと言ってきた。

「そんなことはさせられねェよ」
「どうしてもやりたいの!」
「駄目だ。リリナちゃんはまだ客なんだからな」
「どうしても?」
「……やらせてやれよ」

おれ達の押し問答にリリナちゃんの隣にいたゾロが何も考えずに口を挟んできやがった。夜更かしはレディのお肌の天敵なんだ。睡眠を怠ったらナマエちゃんのあの玉のお肌が荒れちまうんだぞ。筋肉剣士は黙ってやがれ。と声に出てたらしくゾロが食いついてきたが、すぐリリナちゃんに宥められた。
それからもリリナちゃんとやりたい、駄目の押し問答が再開されたが徐々に曇ってきたリリナちゃんの表情に負けたおれは2時間たったらおれと交代、という条件で和解することになった。


そしてその約束の2時間きっかりにリリナちゃんを呼びにいく。下から名前を呼んでも聞こえてないのか反応が無いので上に登って声をかける。

「リリナちゃん、交代だ」
「もう?まだもう少しいたいな」
「風邪引いちまうぜ」

そう言ってもさっきと同じように引かないリリナちゃんを見て、ふうと息を吐いて隣に座る。

「リリナちゃんはわがままなプリンセスだな」
「……ご、ごめんなさい」
「いや。ルフィに比べたら全然可愛いもんさ。いや可愛い。だからおれも負けちまうんだな」
「あたし乗せてもらってるのに、わがまま言ってた……」
「リリナちゃんは手伝ってくれてるんだろ。嬉しいよ。うちの船長はあんな野郎だから、こういうことはしねェからな」

そう言うと小さく笑った。それから少しの沈黙が続いた。リリナちゃんは少しだけ顔をあげて星空を見ている。

「仲間に会えなくて寂しいかい?」
「ううん。ここのみんなも賑やかで楽しいよ」
「だけどたまにぼーっとしてる時があるだろ?寂しがってんじゃねェかと思って」
「……うん。たまに、今頃何してるのかなあーって考えちゃう時あるんだ。もしかして、あたしはもう生きてないって思ってるかもしれないし」

たくさんの星を眺めながらリリナちゃんは言う。雲の隙間から覗く月がリリナちゃんを照らして、瞳がその光を取りこんでいる姿が綺麗で思わず見惚れる。気安く天使だ天使だと言ってたが本当に天使のようだと改めて思った。

「変な心配をさせてると思うから、とにかく生きているかとだけでも知らせたいんだ。でもあたしずいぶん遠くまで流されて来たから、すぐには帰れないんだよね」

だからあたしもアラバスタに行くよ。いつもの柔らかい眼差しがいつの間にか強いものになっていた。おれの心配はいらなかったらしい。

「リリナちゃんは無事に仲間の所へ送り届けてやるさ。おれがいる限り、おれが君を守る騎士ナイトになるよ」
「あたしは大丈夫だよ」
「リリナちゃんが良くたっておれがダメなんだ。レディが戦ってるってのに男が休んでるわけにはいかねェだろ」

ここはリリナちゃんのわがままと言えど屈するわけにはいかないとこだ。決意を新たにしてリリナちゃんに伝えようとするとリリナちゃんの体が倒れてきて慌てて支えた。どうしたのかと顔を覗くと目を瞑って寝息を立てていた。……クソかわいい。寝顔まで見られるとはなんてラッキーな男なんだおれは!リリナちゃんを起こさないように静かにガッツポーズをすると鼻血が垂れてきた。