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「コホ!……うぅ」

積帝雲に入ったはずなのにどうしていきなり水の中に入ったんだろう。でもそれよりもう死んじゃうかと思った。あー苦しかった。ほんと死ぬかと思った。

「おい!おいみんな見てみろよ!船の外っ!!」
「何だ!?ここは!真っ白!!」

ああ……もう反応する気力もない。見られないのに騒いだってしょうがないし。せっかく空島に来たはずなのに見られないなんてさ。騒いでるみんなが羨ましい。あたしは輪に入れない。目が見えないんだもん。

すごいネガティブになってる自分を放っておいてびしょびしょの包帯を無理やり取ったらまぶたに直接太陽の光があたって眩しく感じてたら反射的に目を開けちゃった。

「うわっ!真っっ白!」

想像してたよりもずっと真っ白で雲の他に何もなくて幻想的だった。この中に飛びこんだら泳げそうだ。

「あ!リリナ!目開けたらダメだって言っただろ!」
「だってみんながはしゃいでるから見たいんだもん!我慢できない!」
「でも治るのが遅くなるからダメだぞ!新しい包帯巻くからここ座って!」

あたしの声に反応したチョッパーがいち早く駆けよって来て座るように言ってきたから大人しくする事にした。優しいチョッパーだけど病気や怪我のこととなると医者らしく厳しくなる。立派なんだけど今は少し憎い。

「ちょっと腫れが引いたな。潮水かかって染みなかったか?」
「うん大丈夫みたい。でも今ズキズキしてきた」
「無茶して開けるからだぞ」

まゆ毛を寄せて話すチョッパーにごめんなさいって謝るとそっとまた両目を包帯で覆われた。あーあ残念。

「こんなすげェの見られないのは辛いよな。ごめんな」
「チョッパーが謝ることじゃないよ。ありが……」
「ッアアアアアアアアアア!!」

お礼が言い終わる前にチョッパーが叫び声をあげてしがみついて来たから驚いて肩が跳ねた。こっちに集中して気付かなかったけど、何かおっきいものが白い海から飛び出してきてた。

「そうビビる程のモンでもねェだろ」

いつものトーンで言ったゾロが刀を抜いて切り刻むと、そのおっきい何かは破裂したような音を立てた。割れたのかな?

ルフィとサンジくんとゾロが出てきた生きものを始末して一段落。あたしも参加しようとしたらナミに首ねっこ掴まれて止められた。……ひどい。

みんなでタコが風船だとか空魚だとか美味しいとか話してるけどやっぱり何がなんだか分からない。船べりに座って双眼鏡で周りを観察してるチョッパーの隣に行ってみた。

「空島はどこだ?……お!船。おーいみんな!船……と。人?」
「人?」
「え……わ……!?」

様子がどんどんおかしくなって震えだしたチョッパー。何かいけないものでも見ちゃったのかもしれない。

「どうしたの?チョッパー」
「チョッパー船か?船がいるのか!?」
「いや。うん、いたんだけど…船はもうなくて!そこから牛が四角く雲を走ってこっちに来るから大変だーー!!」
「わかんねェ落ち着け」

すごい焦ってて話してることが理解できないでいたら、チョッパーが双眼鏡で見てた方向からすごい速さでこっちに向かってきてる人の気配を感じた。

「……誰か来る」
「え?どういうことリリナ」
「!?人だ誰か来る!雲の上を走ってるぞ!」

雲の上を走ってる。でも足は動かしてないみたいだけど、何かの能力者かな。怯えてあたしにしがみつくチョッパーを剥がして軽く構えをとった。

「おい止まれ何の用だ!!」
「排除する……」

低い声でそう言った男が応戦体制のサンジくんとゾロとルフィが一撃で床に倒していくのを横目で見ながらそいつに向かっていくと、先に蹴りを入れられそうになるのを躱して同じようにそいつの脇腹に蹴りを入れると片手で防がれた。

「え!?リリナ!?」
「……女か」
「女だけどそんなに甘くないよ」

防がれてないもう片方の足を反動を使って回し蹴りするとフリーだった頭に命中してその勢いで少し距離があいた。あたしの脚力なんてタカがしれてるから大したダメージにはなってないけど。

「なんであの子……目が見えないのに」

あたしと男の間にあいた距離を使って男が持っていたバズーカをこっちに向けて構えた。どのくらいの威力かわからないけどこの船ごと撃ち落とす気なのがわかる。

「止めなきゃ!」
「そこまでだァ!!」

床を蹴って男との距離を縮めようとしたら、横から何か飛んできて仮面の男に槍を突き立てた。仮面の男は盾で防いでたけど勢いのまま雲の海に落ちてった。それより誰?

「うーむ。我輩空の騎士!!」

鎧を着たおじさん……お爺さんは空の騎士だって名乗った。……お爺さん。



「……去ったか」
「何なのよ一体……!あいつは何者だったの!?それに何よあんた達だらしない!3人がかりでやられちゃうなんて!」

ほんとに。どうしたんだろう、3人してすぐにやられちゃうなんて。もう少し歯が立ったはずなのに。

「いやまったく……不甲斐ねェ」
「なんか体が、うまく動かねェ」
「きっと空気が薄いせいね」
「………ああ、そう言われてみれば」

ロビンの言葉に言われてみれば充分な空気が吸い込めてないような事に気付いた。でもそれが戦いに影響出るほどかな?

「おぬしら青海人か?」
「何それ。そうだあなたは誰?」
「我輩は"空の騎士"である。青海人とは雲下に住む者の総称だ。つまり青い海から登ってきたのか」
「……うんそうだ」
「ならば仕方あるまい。ここは"青海"より7000m上空の"白海"。さらにこの上層の"白々海"に至っては一万mに及んでいる。通常の青海人では体が持つまい……」

青海人か、青い海か。なんだかかっこいい名前だ。さっそくこの環境に慣れてきたって言うルフィとゾロを余所に静かに息を整えてるサンジくん。たった一撃だけどやっぱりダメージは少なくないみたい。

「それよりさっきの奴海の上を走ってたのは何でなんだ?」
「まァまァ待て待て。質問は山程あるだろうが、まずビジネスの話をしようじゃないか。我輩フリーの傭兵である。ここは危険の多い海だ。空の戦いを知らぬ者ならさっきの様なゲリラに狙われ空魚のエサになるのがオチだ。ワンホイッスル500万エクストルで助けてやろう」


えくすとる?


「……………」
「何言ってんだおっさん」

ゲリラだとか、えくすとるだとかなんの事か分からない話をし始めたお爺さんにみんなで首を傾げる。

「ぬ!バカな……格安であろうが!これ以上は1エクストルもまからんぞ!我輩とて生活があるのだから!」
「だからそのエクストルって何なんだよ。ホイッスルがどうのってのも」
「……!おぬしら。ハイウエイトの頂からここへ来たんじゃないのか?ならば島を一つ二つ通ったろう」

ハイウエイトの頂?なんだかさっきからこの人何言ってるの状態で話についていけない……。空島難しい。

「だから何言ってんだおっさん」
「ちょっと待って!他にもこの"空の海"へ来る方法があったの!?……それに島が一つ二つって、空島はいくつもあるもんなの?」
「……なんと!あのバケモノ海流に乗ってここへ!?……まだそんな度胸の持ち主がおったのか」

バケモノ海流って他に安全に来られた道があったのかな?涙を流してるナミにルフィが軽くフォローを入れたら胸倉を掴んでグラングラン揺さぶられてる。

「1人でもクルーを欠いたか?」
「いや全員で来た」
「他のルートではそうはいかん。だが"突き上げる海流ノックアップストリーム"は全員死ぬか全員到達するかそれだけだ。0か100の賭けができる者達はそうはおらん。近年では特にな。度胸と実力を備えるなかなかの航海者達と見受けた」

そこで視線を感じた。それはお爺さんからで、何秒かの間見られてたから顔を向けたらそらされた。もしかしてあたし目を包帯で覆ってるから変なやつだって思われたのかな?失礼しちゃう。

「ワンホイッスルとは一度この笛を吹き鳴らす事。さすれば我輩天よりおぬしらを助けに参上する!本来はそれで空の通貨500万エクストル頂戴するが、ワンホイッスルおぬしらにプレゼントしよう!その笛でいつでも我輩を呼ぶがよい!」
「待って!名前もまだ……」

喋るだけ喋ったお爺さんがどこかに行っちゃうみたいで、ナミが引きとめた。

「我が名は"空の騎士"ガン・フォール!そして相棒ピエール!言い忘れたが我が相棒ピエール。鳥にして"ウマウマの実"の能力者!つまり翼を持った馬になる!即ち……」
「うそ!素敵!ペガサス!?」

あたし達のほうからじゃお爺さんは逆光でよく見えないけど、相棒って言われるなんだか目つきの悪い鳥はバサッと羽を広げて飛び立った。

「そう!ペガサス!!」

ペガサス!?あの白くて綺麗な大きい翼のあのペガサス!?お爺さんタダ者じゃないと思ってたんだ!

「勇者達に幸運あれ!!」
「オカシな生き物になったぞアレ」
「ペガサス!?すごかった!?あたしも見たかったなー」
「いや、見なくてよかったわよ。アレ」

あからさまにどんよりした声で話すナミに首を傾げる。どうして?何か変なものだったのかな?

「……結局何も教えてくれなかったわ」
「……そうだ。ホント、何も」

せっかくここの事を教えてくれそうな人に出会ったのに情報を得られないまま別れてしまって立ち尽くすことしか出来なかった。