065

枝が折れる音がして目が覚める。辺りは真っ暗でまだ寝付いてからそんなに時間が立ってない事がわかる。レディ達が寝てるテントの傍に明かりが見えた。どうやら愛しのプリンセスがお目覚めのようだ。

「寝られねェのかい?」

静かにテントから出て声をかけると驚かせちまったのか彼女を照らす僅かなランプの灯りが小さく揺れて教えてくれた。

「さ、サンジくん。……いろんな音が聞こえるから寝付けなくて」
「それならおれが子守唄でも歌いましょうか」
「サンジくんは寝てていいよ。あたしすぐ戻るから」

立ち上がりながら言うとリリナちゃんは力強く首を振ったからふわふわで艶やかな長い髪が右へ左へ弄ばれるのに目を奪われた。君は自分の髪でさえも翻弄させてしまうらしい。

「こんな暗闇の中でリリナちゃんに何かあったら大変だ」
「サンジくんはいつも心配してくれるね」
「あたり前だろ、リリナちゃんの事は何がなんでも守るって決めたんだ」
「へへへ」

剥き出しになってる木の根に凭れかかるように座るとリリナちゃんがおれに向かって歩きだした。そしてすぐに細い木の根に爪先を引っかけて目の前で豪快に転んだ。リリナちゃんが手に持ってたランプも地面に転がって辺りを照らす明かりがなくなっちまったが、あんぐり開いた口を閉じて転んだリリナちゃんに駆け寄った。

「あっ顔近い!」

いきなりの暗闇に目が慣れないままどうにかリリナちゃんを起きあがらせてポケットからライターを取り出してランプに火を灯すと、おれらの距離が思ってたよりもずいぶんと近くて目と鼻の先だったもんで思わず距離をとっちまった。

左の胸に手をあててバクバク煩い心臓を落ちつかせてるおれに対してリリナちゃんはいつものように無邪気に笑っただけ。おれはこんなにドキドキしてんのに何とも思ってないだろう表情に少し悔しくなったのと同時に、おれはまだまだ彼女の頭の中に飛び込めてないんだと思い知らされて、今度は心臓を細い針で刺されたような痛みを感じた。こんなもんで心折れたりしねェがな。

さっきまで座っていた場所に座り直すとリリナちゃんが自然とおれの隣に座ってくれた。そんな些細な事でも嬉しくなる。こんな風に夜を過ごすのはリリナちゃんがこの船に乗って間もないとき以来だったっけな。

「こういう事前にもあったよね」
「あ、今おれも考えてたぜそれ」
「ほんと?考えてる事同じだったかあ。なるほどこうやってタイミングが合うわけだねえ」

リリナちゃんは治ったばかりの目を細めて嬉しそうに笑った。何回も何回もチョッパーに包帯を替えてもらうついで様子を見てもらってたな。瞼はほんのり赤くてあの綺麗な瞳を覆い隠すように腫れてたな。それがたった一日で治ったのか。まだ片方だけだが。でもまだちょうど刺されたであろう場所が蚊に刺されたように膨らんでる。

「やっぱり綺麗だよ、リリナちゃんの瞳は」

いつも思う。今もランプの淡いオレンジの光でさえもあの瞳に吸い込まれてキラキラ輝いてる。

「サンジくん?」

リリナちゃんに呼ばれて一人でぼーっと考えてた事に気づく。そんなおれを見ていたリリナちゃんは座っていても少し大きいおれを不思議そうに見上げてた。もちろん瞳に目がいって、そっと頬に手を添えて親指でゆっくり瞼を撫でるとそれに合わせてリリナちゃんが目を細めてくれた。瞼の虫に刺されて膨らんでいるとこが引っかかったがサラリとして、それだけなのに心地いい。

「リリナちゃんすげェ可愛い」
「褒めても何も出ませんよ」

照れ臭そうに立てていた膝を両手で引き寄せていうその仕草も可愛い。何もやっても様になる。リリナちゃんをこんなに魅力的なレディにした神に感謝しよう。……いや今の神じゃねェよ。きっと先代の、先々代か?もう何万年も前からリリナちゃんはこんなレディになると決まっていたはずだ。その時代の神に感謝だ。決してお前じゃねェよ。