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ナミと船番していても誰も来なかったし、何もなかった。時間がたっていく度に緊張が緩んでって甲板にイスを持ってきて本を読んでくつろぎ始めた。そんな時にみんなが帰ってきた。みんなが見えて、声が届くとこまで来たときにおかえりって言おうと思ったけど、よく見たら血だらけで力ないウソップがチョッパーに背負われてるのを見つけて最後まで言えなくなった。

それから心配そうな顔のチョッパーが船内にウソップを連れて入って、治療するからってみんなは外で待つ事になった。青かった空もオレンジ色に染まりかけてきた頃、チョッパーが終わったよって声をかけてくれてみんなで入っていくと頭を下げて項垂れたウソップがいた。

「……じゃあやっぱり、金は戻らねェのか」
「いやそれもフランキーってのが帰って来ねェとわかんねェんだ。もしダメでもまだ1億ベリーもあるんだからいいよ!気にすんなよ!」
「まったく無茶しやがる。命があったからよかったものの……」
「よくないわよ!お金は!」
「……すまねェ」

こんな時でもお金には厳しいナミの一言に、また申し訳なさそうに下を向いてギュッと手を握ったウソップ。でもよかったよ、そこまで重傷にならなくて。ルフィ達も叩き潰してきたって言ってたし、ちゃんと返すものは返してこられたんだろうし。

「だけど、じゃあ船は……メリー号は1億ありゃ何とか直せるのか!?せっかくこんな一流の造船所で修理ができるんだ、この先の海も渡って行ける様に今まで以上に強い船に!」
「いやそれがウソップ。船はよ!乗り換える事にしたんだ。ゴーイングメリー号には世話になったけどこの船での航海はここまでだ」

そうだった、ここまでお金には執着するのはメリーの事があるからだったのをすっかり忘れてた。でもあたしが思ってたよりもあっさりした言い方をしたルフィにあれ?って置いてけぼりにされた感じ。

「ほんでな新しく買える船を調べてたんだけど、カタログ見てたらまァ1億あれば中古でも今よりデカイ船が……」
「待てよ待てよ、そんなお前……!冗談キツイぞバカバカしい。……何だ、やっぱり修理代、足りなくなったって事か!?おれがあの2億奪られちまったから!金が足りなくなったんだろ!一流の造船所はやっぱ取る金額も一流で……」
「違うよそうじゃねェ!」

この2人の言い合いに、どこかおかしな部分を見つけた。ウソップはメリーがもう海を渡れない事は知らなかったんだ。

「じゃ何だよはっきり言え!おれに気ィ使ってんのか!」
「使わねェよ!あの金が奪られた事は関係ねェんだ!」
「だったら!何で乗り換えるなんて下らねェ事言うんだ!」
「おいお前らどなり合ってどうなるんだよもっと落ちついて話をしろよ!」
「落ちついてられるか!バカな事言い出しやがって!」
「メリー号はもう直せねェんだよ!!!」

ゾロとナミが止めようとしてもおさまらなくて、チョッパーの体を心配する声も聞かないで、止めに入っても聞く耳を持たないウソップとルフィの言い合いが続いた。ヒートアップしたせいでルフィが一段と張り上げた声にウソップが言葉を無くしたように固まった。

「どうしても直らねェんだ。じゃなきゃこんな話しねェ!」
「この船だぞ……今おれ達が乗ってるこの船だぞ!?」
「そうだ。もう沈むんだこの船は!」

信じられないけど、本当の事だから。だからちゃんとみんなで話し合ってメリーをどうするのかとか、乗り継ぐ船の事も、みんなで納得いく話しようよ。そんなに熱くならないで。

「……何言ってんだお前、ルフィ」
「本当なんだ、そう言われたんだ!造船所で!……もう次の島にも行き着けねェって!」
「ハァそうかい、行き着けねェって……。今日会ったばかりの他人に説得されて帰って来たのか」
「何だと!?」
「一流と言われる船大工達がもうダメだと言っただけで!今までずっと一緒に海を旅して来たどんな波も!戦いも!一緒に切り抜けてきた大事な仲間をお前はこんな所で、見殺しにする気かァ!!……この船はお前にとっちゃそれくらいのもんなのかよ!ルフィ!」
「……じゃあお前に判断できんのかよ!この船には船大工がいねェから!だからあいつらに見て貰ったんじゃねェか!」
「だったらいいよ!もうそんな奴らに頼まなきゃいい!今まで通りおれが修理してやるよ!元々そうやって旅を続けて来たもんな」

ほら、すごく大事な事なんだよ?なんでそんなに何も考えずに言うの。ウソップも、ちゃんと聞いてよ。思うばかりで口には出せないのは2人の言い合いが激しくて、入れるような余裕がないし、私はこういう争いが嫌いだから。

「よし!さっそく始めよう!おいお前ら手伝えよっ!そうだ、木材が足りねェな、造船所で買ってこよう。さァ忙しくなってきたっ!」
「お前は船大工じゃねェだろう!!ウソップ!!」
「ちょっとルフィ!」
「おうそうだそれがどうした!だがな職人の立場をいい事に所詮は他人の船をあっさりと見限るような無責任な船大工なんかおれは信じねェ!自分達の船は自分達で守れって教訓だなコリャ!絶対におれは見捨てねェぞこの船を!!バカかお前ら!!大方船大工達のもっともらしい正論に担がれて来たんだろ!おれの知ってるお前ならそんな奴らの商売口上よりこのゴーイングメリー号の強さをまず信じたハズだ!!そんな歯切れのいい年寄りじみた答えで!船長風吹かせて何が決断だ!!見損なったぞルフィ!!」

2人の熱は冷める事を知らないようにそのまま悪化していくばかり。聞いていられない。こんな大喧嘩してるの初めて。いつも何を言っても軽く受け流すルフィとは大違いで少し怖い。

「これはおれが決めた事だ!今更お前が何言ったって意見は変えねェ!!船は乗り換える!!メリー号とはここで別れるんだ!!」
「ふざけんなそんな事は許さねェ!!」
「おいお前ら大概にしろ!そんなに熱くなってちゃ話にならねェだろ!」
「いいかルフィ、誰でもおめェみたいち前ばっかり向いて生きて行けるわけじゃねェ!おれは傷ついた仲間を置き去りにこの先の海へなんて進めねェ!」
「バカ言え!仲間でも人間と船じゃ話が違う!!」
「同じだ!!メリーにだって生きたいって底力はある!お前の事だもう次の船に気持ちを移してわくわくしてんじゃねェのかよ!上っ面だけメリーを想ったフリしてよォ!!」
「もうやめて……!」

もうやめて、ちゃんと話をしようよ。そんなに熱くなってたらいい方向には話つけられないでしょ?喧嘩なんてしてられないのに。ウソップだって傷に触るよ。聞いていられない、耳を塞いでも隙間を縫って聞こえてくる。目を閉じても二人の声が光景を頭に浮かばせる。しゃがんで体を小さくしたあたしにサンジくんが背中を撫でてくれたけどそれでも声は聞こえてくる。

「いい加減にしろお前ェ!お前だけが辛いなんて思うなよ!全員気持ちは同じなんだ!!」
「だったら乗り換えるなんて答えが出るハズがねェ!」
「じゃあいいさ!そんなにおれのやり方が気に入らねェんなら今すぐこの船から……
「バカ野郎がァ!!」

ルフィが言いかけた言葉を聞いて耳を疑ったときにはサンジくんがすかさず言葉を遮るようにルフィを蹴り飛ばした。しゃがみこんでたあたしは頭を抱えて目を瞑った。

「ルフィてめェ今何言おうとしたんだ!!頭冷やせ!!滅多な事口にするもんじゃねェぞ!!」
「……あ、ああ。悪かった今のは、つい」
「いやいいんだルフィ、それがお前の本心だろ」
「何だと!」
「使えねェ仲間は、次々に切り捨てて進めばいい!この船に見切りをつけるんなら、おれにもそうしろよ!」
「おいウソップ下らねェ事言ってんじゃねェぞ!!」
「いや本気だ。前々から考えてた……。正直おれはもうお前らの化け物じみた強さにはついて行けねェと思ってた!!今日みてェにただの金の番すらろくにできねェ、この先もまたおめェらに迷惑かけるだけだおれは……!弱ェ仲間はいらねェんだろ!!」

まさか、そんな事ほんとに思ってるの?

「ルフィ、お前は海賊王になる男だもんな。おれは何もそこまで高みへ行けなくていい!思えばおれが海へ出ようとした時に……お前らが船に誘ってくれた。それだけの縁だ!意見がくい違ってまで一緒に旅をする事ねェよ!!」

ゆっくりだけど立ち上がったウソップが甲板へ続くドアを開けて出て行って、船を下りていっちゃってそれを追いかけるようにみんなが出てったけど、足に力が入らなくて動かなくてただみんなの背中を見送って。残ってたゾロを控えめに見ると眉間に皺を寄せて怖い顔してる。

「おいウソップどこ行くんだ!!」
「どこ行こうとおれの勝手だ。おれはこの一味をやめる」

確かにハッキリ聞こえた言葉についに涙が溢れ出してきた。こんなの良くない。もっとちゃんと話しなきゃこんなの嫌だよ。ウソップ、お願いそんな事言わないで……。