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生暖かい風になびいた髪が鼻にかかって息がしにくくなって目が覚めた。あたしが寝たときは空が真っ暗だったのに、今は太陽がのぼってきてからだいぶ時間がたってるみたい。かすむ目を擦って体を起こしたけど部屋には誰もいなくて、でも外にゾロがいた。寝起きで力が入りきらない足を動かして外に出ればゾロが目を開けた。

「ゾロ」
「おう、起きたか」
「だいぶ寝ちゃってたみたい」
「寝られるときに寝といて悪かねェよ」

大きいあくびをしてからうんと腕も体も伸ばせばスッキリして目が冴えた。ゾロにしては珍しく優しい事を言ってくれたから気持ちも穏やかでいられる。

「アイスバーグって誰?」
「コックから聞いたのか?」
「ううん、風の便りで」

外に出たときから風に乗って聞こえてくるアイスバーグって聞き慣れない名前ばかりが聞こえてくるの。聞いてみると、その人はこの町の市長さんで造船所の社長さんなんだとか。

「みんなは?」
「コックとチョッパーはロビンを探しに行った。ルフィとナミはそのアイスバーグっつー奴のとこ行った」

あ、ロビンまだ帰ってきてないんだ。何か、あったのかな?こんな時に見聞色が使えればいいんだけど。ううん、使ってるし気配を見つけられるんだけどすぐにぷつって消えて分からなくなっちゃって。誰かと一緒にいるみたいだけど知らない人だから。


ロビンを探しに行くって出ようとしたらゾロも一緒に来てくれたから二人で町を歩き始めたんだけど、そのアイスバーグって人が撃たれたって事で町も騒がしい。それと、風が強くて変な感じがする。

「高潮?」
「ああ。アクア・ラグナつってな、毎年この時期になると来るんだ。見ての通りこの島は下が海水で浸っちまってるから、避難しねェと波にのまれちまうんだよ」
「へぇ……」

だからこんなに忙しそうなんだなあ、みんな。あのホテルは大丈夫かな?高いとこにあったから大丈夫かな?

「いたぞ!ロロノア・ゾロと風弄ふうろうのリリナだ!捕まえろ!」
「な、なに!?」

ロビンは相変わらず見つからないし、手がかりすら何もないしでとぼとぼ歩いてたら後ろから名前を呼ばれて、振り返ったら怖い顔した人がのこぎりやらトンカチやらを持って走ってくるから反射的に走り出した。捕まえろってあたし達何もしてないのに。どういう事なの?

「あたし達何かしたかな!?」
「分からねェが捕まるわけにゃいかねェだろ!」
「そうだよね。じゃ、じゃあそこの路地入ろう!こっちだよ!左!」
「左な」

「………左だってば!!」

方向音痴なゾロのために何回も方向を指差して念を押したのに、いざ左に曲がるとゾロってば勢いよく右に曲がっちゃうし、追いかけようとしたけどそれが作戦だと思われてあたしにも追っ手がかかっちゃって、ゾロがいないならって事で屋根の上に飛び乗ると簡単に撒く事ができた。

「……もう。……あ」

そこでロビンの気配を感じて、今度は消えないうちに屋根を飛び越えて少し風に煽られながら気配を感じた場所に行くとサンジくんとチョッパーがいて、水路の向こうにロビンがいた。

「ロビン!!」
「リリナちゃん……!」
「よかった。ロビン探してたんだよ!」
「私はもう……あなた達の所へは戻らないわ。ここでお別れよ。この町で……」
「ロビン!?」

どういう事?いきなり何?こっちでも喧嘩したの?でもチョッパーとサンジくんとロビンだもんそんな、喧嘩なんて起きるはずないのにどうして……。

「何、言い出すんだよロビンちゃん。あァ、そうか新聞の事だろ!あんなの気にする事ねェよ!おれ達ァ誰一人信じちゃいねェし、事件の濡れ衣なんて海賊にゃよくある話だ!」
「……そうね、あなた達には謂れのない罪を被せて悪かったわ。だけど……私にとっては偽りのない記事よ。昨夜市長の屋敷に侵入したのは確かに私」
「え……」
「私には貴方達の知らない闇がある。闇はいつかあなた達を滅ぼすわ」

闇って何?でもそんな、誰にでも言いたくないような過去がある人なんてたくさんいるのに一味を抜けなきゃいけないほどのものなの?

「現に、私はこの事件の罪をあなた達に被せて逃げるつもりでいる。事態はもっと悪化するわ」
「どういう事だ!何でそんな事!!」
「なぜそうするのかも……あなた達が知る必要のない事よ」
「ロビンちゃん何言ってんのかわからねェよ!どうしたってんだ!」
「ロビンー!一緒に帰ろう!」
「短い付き合いだったけど……今日限りでもう、二度とあなた達に会う事はないわ。みんなにもよろしく伝えてね」

あたし達にはこんなに分からない事がたくさんあるのにロビンは一方的に話を進めて、疑問と焦りを感じてるあたし達をおいてっちゃう。まるで言う事を考えてきたみたいに。なんで何も教えてくれないの?どうしてそんな事考えたの?

「今までロビンが一緒にいた人達とは関係あるの?」
「!」
「教えてよ……」
「……知る必要の、ない事よ」
「ロビン!」
「こんな私に今まで良くしてくれてありがとう。さようなら」

口の端をあげてロビンが言うとあたし達に背中を向けて歩き出していく。さよならって何で?どうしてあたしが聞きたい事には答えてくれないの?ロビン、待って。

「ちょ……こんなのみんなが納得しねェよ!ちょっと待てよ!!ロビンちゃん!!冗談やめろォ!!」
「ロビーーン!!」
「ロビ……っ!」

水路を飛び越えて距離をつめようとしたら地面から腕が二本生えてて、あたしの足首をしっかり掴んで動けなくなった。なんでこんなことするの?ここまでしてあたし達から離れる理由って何?

「ロビンてばっ!!!」

何回叫んでも、どんなに大きい声で呼んでもロビンはこっちを振り向いてくれないまま建物の陰に消えてって、あたしの足を掴む手がなくなったのと一緒に、またロビンの気配がプツンとなくなった。じんわり涙が浮んだ。