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学習しないあたしは懲りずに町中を歩いたものだから、また町の人に追いかけ回された。こんなに天候が荒れてて大波が来るって言ってるのにあたしなんかに構ってる暇があるのかな。

撒きに撒いてどうにかサンジくんのいる場所まで辿り着けた。サンジくんがいたのは島の端っこの、海列車が止まる駅だった。人気なんてなくてただ風の吹く音と波の水しぶきがよく聞こえる中で、サンジくんは歩いてた。よそ見しないでただ真っ直ぐどこかに向かっていってるみたいで、ぎゅっと心臓が締めつけられたみたいに苦しくなった。息がしづらいけどそんなのに構ってる間にサンジくんがいなくなっちゃいそう。

「サンジくん!」
「……リリナちゃん!」
「大丈夫だって、言ったのに……!」
「あ、これはそういう事じゃねェんだよ」

咥えてた煙草を捨ててこっちに戻ってきたサンジくんは慌ててあたしの前に駆け寄ってきて両手を手を振った。さっきのサンジくんの背中を見て感じた寂しさが消えない。さっきのロビンと同じだった。

「なんで何も言わないで、ふらってどっか行っちゃうの?」
「……リリナちゃん」

サンジくんと近くで目が合うとじんわり涙が浮かんできた。もう誰かがいなくなるのは嫌なのに。ウソップもロビンもちゃんとした話をしないままいなくなっちゃったんだから。サンジくんもそうなの?ロビンがいないとダメなの?

「あたしはやだよ。もういなくなってほしくないよ……」
「リリナちゃん、そういう事じゃないんだ。誤解させちまってごめん」
「……?」
「あの汽車の中にロビンちゃんがいるんだ。理由もろくに聞いてねェのにいなくなるなんて狡いだろ?おれはロビンちゃんを連れ戻したいんだ。絶対、あんなの本当なわけねェ」

サンジくんがゆっくり話してくれたおかげで理解できた。あたし達に合流してたら汽車はこの町を出発しちゃって、追いつけなくなるからとにかく一人で行こうと思ってたんだって。あの汽車の中にロビンがいるんだ。たくさんいるんだろうな、敵。でも狭いとこで戦うのも悪くなさそう!あたしから視線を外して汽車の様子を見るサンジくんの目は鋭い。サンジくんっていつも一人で何かしようとするところあるよね?アラバスタでも、空島でもそうだったってウソップから聞いたし。今だって……。

「でも一言くらい言ってほしいよ。いきなりいなくなったら心配するのに」
「ごめんな。リリナちゃんは優しいな。こんなにおれの事心配してくれるのか」
「だって、無茶はしないってさっき言ったでしょ?」
「……そうだったな」

そう言うサンジくんの顔は困った顔をして流れ落ちそうになったあたしの涙を指ですくった。そういうつもりでここに来たわけじゃないのに。もっと、もっと言い返してくれればいいのにそれもない。あたしなんかよりずっとサンジくんの方が優しい人だ。

「だけどレディ達に傷を負わせないに越した事はない。だからおれだけで行くつもりだったんだ」
「……そんなの許さないもん」
「ああ……ほんとに、もう。何でそんなにおれを掴んで離さないのかな」
「……掴んでないよ?」
「うん、そう思ってるんだろうけど。そうじゃないんだよ」
「どういう事?」

あたしでも分かるような遠回しな言い方にピンとくるものがない。すっきりしないでモヤモヤする。あたしはサンジくんの自由を奪ってきたつもりはないし、今だって。……そりゃ心配はしてるけどそれがダメって事?鬱陶しく思わせちゃったかな。

「そうやって、おれの心を掴んでるくせに……無自覚なのも困りもんだぜ。そういうところも好きだけどな」
「え?」
「好きだよ」

心の中はもやもやしたまま、ただ聞き流すように返したらまた同じ言葉が聞こえてきた。

「リリナちゃんが、好きなんだ」

好きってそう言ったサンジくんの顔は笑ってる。頬っぺも少し赤くなってるみたい。好きって?サンジくんがあたしを?ちょっと……待って。この感じだと仲間としてって事じゃなさそう。だけどサンジくんがあたしを好きになる?そんな素振りなんて今まで無かったよ。何て返せばいいの?でもそれより口は開いてるのに恥ずかしくて声が出ない。恥ずかしいのに、目が逸らせない。

そんな時汽車が発車の合図として汽笛を鳴らした。今度は視線だけ逸らしたサンジくんの目を追った。

「……もう出るのか、良いとこだってのに。すげェ名残惜しいがロビンちゃんを取り戻さねェと」
「あ、あたしも……行く!」
「列車の中は狭いからリリナちゃんの戦うスタイルには向いてねェよ」
「サンジくんだけに任せるわけにいかないよ!あたしそのために来たんだからっ!」

どうにかそれだけでも絞り出せばまた、さっきみたいに優しい目で見つめられる。なんだか、その目に弱いみたいでまた動けなくなる。恥ずかしいからそんな目で見ないでほしい。あたしいつもサンジくんとどうやって話してたっけ?

ぐるぐる頭の中でゆっくり回転させてるうちにサンジくんの手があたしのほっぺを優しく撫でて、そのまま大きい手に包まれて、それからスローモーションみたいにサンジくんの顔が近づいてきた。普段のサンジくんの目とは違って真剣なんだけど、でもどこか優しくて。綺麗な青色が大きくなって、恥ずかしくなって思わずぎゅっと目を瞑ったらすぐに唇の端っこにすごく、柔らかいものがあたった。

「……わ、」
「これは冗談じゃないって事を分かってもらわねェといけねェし、鈍いリリナちゃんにはもっとおれを意識してほしい」

その柔らかいものが離れてって、頬っぺを包んでた指で優しく撫でられて。力強く瞑ってた目を開ければ当然サンジくんと目が合って、やっぱり恥ずかしくて。あたし、今キスというものをされたんだろうか……。

今度こそもう何も考えられなくさせられた。ただサンジくんを見上げる事しかできなくて、顔が熱くなっていく。ああもう分からない。何も動かせない。

「あ、わ、ううぅ……」
「はは。真っ赤だ、可愛い」

言葉にならない声が漏れればにっこり歯を見せて笑って、やっと金縛りが解けたみたいに少しずつ体が動くようになってきた。これからどうしよう。あたし一緒に行くって言っちゃった。もう戻れない。でも行かなきゃサンジくんが心配だ。でもでも恥ずかしくてもうサンジくんの顔が見られない!どうしよう……!!