どこからか響く知らない声に、広場の周りに集まっていた魚人達は慌て出し、悲鳴をあげながら避難を始めた。
「なんでまた落ちてくることになったの?あのバンダー・デッケンの仕業?」
「呑気なやつだな、ここにいるおれに聞くな!」
手っ取り早く一番近くにいた敵に聞いても、ちゃんとした答えは帰ってこなかった。
『麦わらのルフィさん!こちら
『ルフィ様、ノアをどうすれば!?』
『もうあなたに全てを託すしか!』
『難しいことはいいからすぐやってくれ!』
『ルフィさん!魚人島を頼みます!』
どこかで繰り広げられる会話はこの島の全員に知れ渡った。島の人達は走るのをやめて、声の聞こえてくる空を見上げた。
『おい麦わら。ホーディ・ジョーンズの……正体がわかった!……ホーディは、環境が生んだバケモノだ!』
新しくホーディが結成した新魚人海賊団は怨念が作り上げたバケモノの集団。先人達の恨みが忘れ去られることを恐れ、人間達への怒りが冷める日を恐れ、自分達の戦いが正しいものであるため、人間が良い者でないことを願っている。戦いに溺れたこの海賊団は魚人族の平穏を望んでいない。
フカボシによって聞かされた事実は、この魚人島に住む人々だけじゃなく、あたしにも強いショックが与えられる。
『我々は、海底深い無法の溝に蓄積し続けたいびつな怨念に見て見ぬフリをし、表面ばかりを整えて、前進した気になっていた!……手遅れだったんだ!こいつらこそが、母上が最も恐れていた存在!我らはまず、内側と戦うべきだった!母は魚人島の怨念に取り殺されたのだ!』
前にオヤジから勇敢に戦った国の王妃の話を思い出した。魚人族と人間が一緒に生きるためにリュウグウ王国を地上へ移そうと1人で署名活動をしていたと。みんなが嫌うはずの天竜人を助け、少しでも人間と憎しみ合う未来を作らないように尽力した人だと。
『あの人はそれに気付いていたのかもしれない。しかし私は心のどこかでまんまと人間を恨んでいた。死者の無念は死者のもの。怨念は生きる者が勝手に生み出し、増幅させる幻!』
いつの間にかフカボシは涙声に変わっていた。島の窮地に立ち、ようやく核心に迫り自分の過ちを理解した。
『わずかに人間を恨んでいたせいで見落としていた魚人街の怨念は……気付けば我らでは手に負えぬ程、強大な力になっていた!……このままじゃあ!魚人島は人間を恨む心で我が身を滅ぼす!麦わら、頼む!過去などいらない!ゼロにしてくれ!この島をタイヨウから遠ざける、亡霊を消してくれ!お前の手で!魚人島をゼロに!!』
気付いたときには自分の手で救えなくなっている。自分の無力さを痛いほど感じる悔しさは何度も味わってきた。何にも代えられないほど苦しくて仕方ないものだ。
『兄ほし!おれの好きにしていいんなら、安心してろ!広場に降りたときからおれ達はジンベエと一緒に、魚人島は誰にも傷つけさせねェって決めてるんだ!全部任せろ兄ほし。友達じゃねェか!』
フカボシの切羽詰まった声から、聞き慣れた明るいトーンのルフィの声に変わり、自然と笑顔になる。オヤジが守ってきた島を今度はあたし達が守ることになった責任感と、後を継げる嬉しさが込み上げる。
偉大な船長の後を継げることはとても誇らしく、やはり人柄は違っても想いは同じである今の船長ルフィについてきて良かったと思えた。
(意志を継ぐってこういうことなのかな)
頂上戦争で声高々に言っていたオヤジの言葉を思い出した。ルフィにその気はなくても自然と同じ想いを持つ人物が出てくるんじゃないだろうか。
ふと空を見上げると大きな影が少しずつ濃くなってきていた。話の通り、さっきこの島に迫ってきていた大きな舟がもう一度ここへ近付いてきている。
早く戦いを終わらせなくちゃ、と思っていると横から槍が飛ばされてきた。少しだけ上体を反らして避けて、仕掛けてきた張本人に向き直る。
「いつまでボーッとしてるつもりだ」
「寂しいならそう言ってよ」
「そういう意味じゃねェ!」
他と比べれば緊張感のない戦いをしているあたし達を見つめる集団が、いつの間にか増えていた。殺気立っているけれど動く気配は感じない。
きっと不思議なこの状況はあたしの相手も気付いているはず。だけど特に口出しするわけでもないってことは、打ち合わせでもしてるんだろうか。
そんなとき、襲いかかってきた魚人は連続して槍の切っ先を向け、突き刺してきた。それを躱し、隙をついて顎を蹴りあげると簡単に体が浮き上がり、離れたところに倒れこんだ。
「時間はないよ。終わりにしないと」
「そうだな、」
ゆるゆると立ち上がって槍を構えた姿が、一瞬で見えなくなった。雄叫びをあげながら観戦していた集団が一気に襲いかかってきた。
「"シルト"」
風を起こし、迫る集団を一気になぎ払ったが、その塊から抜け出してきた1人が目の前に現れて、不意を突かれて目を見張った。相手が突きつけている銃口を見つめていると、目の前の敵の腹部を貫通し、そのまま槍があたしの胸の辺りを目掛けて突き抜けてきた。
咄嗟に武装色の覇気を発動させ、両手で刃先を掴んで防いだが、その細い槍を伝って血があたしの手まで届いた。
「……仲間を犠牲にしたの?」
「おれの獲物を横取りしようとする奴に、痛い目を見てもらっただけだ」
あたしを見下ろす目は先ほどと違い、血走っていて心が痛んでいるようには到底思えなかった。