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宴の最中、ふとリリナちゃんを視界に捉えると隣に座るフランキーに声をかけ静かに会場から出て行く姿を見た。休憩かと軽く考えて気にしないようにしたが、一度見てしまった後ろ姿が頭から離れなくなり、グラスに入っていたドリンクを一気に煽って席を立った。


会場から離れると、少しずつ静けさが現れる。扉を一つ隔ててしまえばピタリと音は途絶えた。あんなに騒がしかったのに不思議なもんだと頭の片隅で思いながら、身体は自然とリリナちゃんを探していた。

少し歩くと、すぐに目当てのレディの姿を見つけた。目に捉えただけなのに嬉しくて顔がほころぶ。はやる気持ちを落ち着かせて歩いていってしまうリリナちゃんを追いかけると、足音に気付き振り返っておれを見つけるなり笑顔で手を振ってくれた。

「さっきマンボシから、お部屋を出た先にとても綺麗なテラスがあるって聞いたの。気になって仕方ないから行ってみようと思って」
「へえ、そりゃ気になるな」
「でしょっ?サンジくんも行こうよ!」
「ぜひ」

どこぞの野郎に酒を盛られて一度眠りについたのは見ていた。それほど多量ではないだろうが、酒に弱いリリナちゃんがこんなに早くいつもと変わらないほどに回復するなんて不思議だ。



静かな道を歩きながら、小さな手がかりも見落とさないようにと忙しなく辺りを探索してテラスを探しているリリナちゃんが可愛らしかった。

その甲斐もあり、上へ登る階段を見つけたリリナちゃんはおれに手招きをして足早に駆け上がっていく。その後に続いていき、ひらけた先には上から漏れる光が目の前の海を照らし、その中を泳ぐ様々な魚達も光に反射していて一つのアートのような空間だった。

目を奪われて食い入るように眺めるリリナちゃんも、不思議と風景に溶け込んでいて綺麗だ。

「すごいね!思ってたよりずっと綺麗!」
「絶景すぎて見飽きねェだろうな」


しばらくの間、夢中で眺めていたリリナちゃんから不意に明るい笑顔が消えた。

「……あたし……サニーに帰ってくることが出来て良かった。離れ離れになってもう終わっちゃったんだって思ったけど……オヤジがね、海は繋がってるんだから必ずまた会えるって教えてくれたの」

嬉しそうに話す反面、瞳はみるみるうちに潤いを増していき、今にも溢れそうなほどの涙は光に反射して輝いている。仲間って良いよね、と寂しげに呟いた言葉は失った悲しみを知っているもので重く心に残る。離れてもまた会える、と教えをもらった父親として慕っていた船長を亡くしたことを思い出してしまったのかもしれない。
リリナちゃんは泣くのを堪えるように下唇を噛み俯いた。

「おれも。みんなと、リリナちゃんと再会できて嬉しいよ。離れていた2年間、君の泣き顔が浮かんで離れなくて苦しかった。助けに行こって何度も葛藤したが、もっと強くなろうって決めた。それでまた会ったときには必ず、守ってやるって」

顔をよく見られるように屈んでから、垂れ下がる髪を指でかき分けた。ガラス玉のような瞳が瞬きをすると溢れるように涙が雫となって落ちる。

「……これからは、おれが……リリナちゃんの涙を拭えるくらい側にいるよ」

2年経った今でも彼らを想い流す涙は、これからもずっと枯れることはないだろう。だが今ならきっと、君のことを守ることが出来る。もう自分の力不足を悔やむことはなくなるだろう。それくらい必死にあんな島で2年間を過ごしてきたんだ。


静かに涙を流すリリナちゃんの髪をそっと撫でると、徐に体が動き勢いよく抱きしめられた。

「あたし、ね……。……サンジくんが、好きだよ」
「、……」
「他の誰かじゃなくてサンジくんがいい」

見上げた表情から不安の色が伺える。決意との間で揺れる瞳でおれを捉えて離すことなく言い切ったリリナちゃんに、もう一度強く抱きしめられる。何度か味わったことのある優しく伝わってくる体温がとても心地いい。
好きだと告白を受けた衝撃が強すぎて少しの間放心していたおれは、ややあってから自分に密着している体を優しく包むように抱きしめた。

「おれも、リリナちゃんが好きだ」
「ほんと?」
「今も変わらない」
「2年も経ったのに?」
「おれの想いはそんなに弱いもんじゃねェよ」

いつリリナちゃんの気持ちが固まったのかは分からないが2年が長く感じ、その間に気持ちが離れてしまっているんじゃないかと何回も不安に駆られたんだろう。
顔だけあげて見上げてくる真っ直ぐな瞳が愛しくて、指で優しく頬を撫でた。

「確かめてみる?」
「うん」

言葉の真意を知らないまま答えを出した素直さが可愛くて、ますます衝動に駆られる。逸る気持ちを抑え込み、顔を近づけるとリリナちゃんは僅かに顎を引いて、じっとおれを見つめる。

細めた目を閉じると、柔らかく唇が触れた。ゆっくり目を開けたとき、最後に見たものと同じ表情のままのリリナちゃんがいて思わず吹き出してしまった。

顔を赤くして戸惑っているのか恥ずかしがっているのか、視線が絡みそうで絡まないのがもどかしい。

「心臓バクバクしすぎてはち切れそう」
「本当可愛いな」

照れているリリナちゃんが可愛すぎて、顔が緩んでどうしようもない。今この空間が物凄い幸せで、このまま続けばいいと本気で思う。

「リリナちゃんが可愛すぎておれもはち切れそう」
「サンジくんは本当になっちゃいそうだね」
「リリナちゃん。もう一回」

もう一回、と強請ってみると途端に身体に力が入る。初々しくて意地悪をしたくなるのを抑えて了解してくれる返事を待った。

少しの間のうちに、じっと見つめ合う時間が流れる。言葉を発さないまま頷いたリリナちゃんは、また赤い顔をしている。

「恥ずかしい」
「目閉じたら平気だよ」
「でも……」
「ほら、閉じて」

素直に従って目を瞑ったリリナちゃんにもう一度目を閉じる。もう少しというところで、あろうことか小さな手が間に入り邪魔をしてきた。目を開けると切羽詰まったように丸い瞳でおれを見つめるリリナちゃんがいた。自分の欲を満たしたかったおれは、じっとリリナちゃんを見つめてさっきはできたのに、と訴えかけた。

「ご、ごめん……。やっぱり恥ずかしくて」

申し訳なさそうに眉尻を下げたリリナちゃんの髪を撫でた。あんまりがっつけば遠ざかっていってしまう、と自分に言い聞かせる。

「……よしっ!今度こそ」

そんな意気込んでするようなものじゃないのに、と温度差を感じたが、瞼を閉じたリリナちゃんを見てそれも愛しいと思うおれはやっぱり重症なんだと思う。


無意識に小さくスーツの裾を掴む手も、力の入っている瞼と唇も、緊張してるのにそれでもおれを受け入れてくれる健気さも、全て愛おしくてたまらない。これから知らない一面が見られると思うと楽しみで仕方ない。

「愛してる」

唇が重なる直前にそう呟けば裾を掴む力が強くなった。いちいちこんな反応されてたら気持ちの歯止めが効かなくなる。やっぱりこの恋は底なしの沼だった。