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目を覚ますと一度見たことがある風景に、船から連れて来られた研究所のことを思い出す。それから腕の自由が利かないことに気付いて視線を動かすと、腕と一緒にお腹のあたりを鎖でグルグルに巻かれていた。

「⋯⋯」
「気がついた?」
「ロビン。大丈夫?」
「ええ、今は何ともない」

あたしが目を覚ましたことにいち早く気付いたロビンが優しく声をかけてくれた。
意識がしっかりし始めると、自分のおかれている状況を把握し始める。檻の中に閉じ込められていて、隣にロビンがいてその膝に頭を乗せてまだ寝ているフランキー。

「起きたならさっさと体を起こせ」

いやに近くから聞こえてきて、声のした方を向くとふわふわと柔らかいものに寄りかかっていた。きっとここへ連れて来られてから気を失っている間ずっと寄りかかっていたんだろうとごめん、と短く謝ってから身を捩って自力で座り直すと、白い帽子の端からジロリと睨まれる。

なんだあんたか。そんな目するなら謝らなきゃ良かった。出かかった言葉を飲み込んで睨み返してやった。


「なんだか懐かしいわね。あなた達が同じ檻にいると」
「そうそう、おれとケムリン、アラバスタでお前らに捕まったことあったよなー」
「黙れ貴様ら!」

緊張感のないロビンとルフィの会話にすぐさまたしぎの体をしたスモーカーが水を差す。

「スモーカーさん私⋯⋯、この気持ちどうすればいいのか⋯⋯!」
「お前の予想が最悪の形で的中したな。つまり⋯⋯シーザーがガキ共を連れ去った誘拐事件はこいつの手で海難事故にすり替えられてたというわけだ。よりによって基地のトップが不正の張本人とは、G−5らしいと言やあそうだが⋯⋯軍の面子は丸潰れだ」
「お前らが気付かねェのも無理はない。ヴェルゴは海軍を裏切ったわけじゃねェ。元々奴は海賊なんだ。名を上げる前にジョーカーの指示で海軍に入隊し、約15年の時間をかけて一から階級をあげていった。ジョーカーにとってこれ以上便利で信頼のできる海兵はいない。ヴェルゴは初めからずっとジョーカーの一味なのさ」
「ジョーカーって?」
「後で説明してやる」

最初何故たしぎが悔しがっている理由が分からなかったけれど、静かに話を聞いていると誰かがスモーカーや海軍を裏切っていた海賊だった、ということがなんとなく理解できた。
けれど突然出てきたジョーカーという名前が誰だか分からなくて話していたトラファルガー・ローに聞くと軽くあしらわれた。

「ジョーカー⋯⋯。確か裏会社の仲買人ブローカーの名だな。⋯⋯自分が情けねェ。こんな近くのドブネズミの悪臭に気付かねェとは」
「そう悲観せず⋯⋯。優秀な白猟の目をも掻い潜ったドブネズミを褒めてほしいもんだ、スモーカーくん」

裏切った側の人間はこいつか、とサングラスで見えない男の目をじっと見つめる。裏切りなんて大っ嫌いだ。

「お前が本部から転属して来た日から最大限に警戒網を張ったよ。そのストレスから今日解放されると思うと嬉しいね。知られちゃマズいおれの正体を明かしたということは、どういうことか分かるな?スモーカー中将、たしぎ大佐、キミらはここで死に、その口は封じられるということだ。表にいる部下達もシーザーにくれてやる。なァに、いつもの様にちゃんと事故と処理しておくさ」

控えめにたしぎの顔を覗くといつものように眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げている。眉間に皺が寄ってる顔はいつも見るものと同じだけど、今は違って見えるのは中身がスモーカーだからなのかもしれないし、この状況が違和感を覚えさせているのかもしれない。

そしてうつ伏せのままのスモーカーは普段見ない悔しそうな顔で歯を強く噛み締めている。普段なら面白く思えるだろうけど、やっぱり今の状況によってあたし自身も気持ちがモヤモヤしてくる。

「おいトラ男。さっき言ってたジョーカーって誰だ?」
「⋯⋯おれも昔、そいつの部下だった。だからヴェルゴを知っている。ジョーカーは闇のブローカーとしての通り名だ。だが正体は世界に名の通った海賊、王下七武海の一人、ドンキホーテ・ドフラミンゴだ!」

その名前を聞いて思わず、「げっ」と声が出そうになった。たぶん顔には出てたと思う。好きか嫌いかで言ったらあんまり好きじゃない。得意じゃない。前向きな気持ちが少しずつなくなってしまった私の代わりにたしぎが何やら騒いでいる。



しばらくの間、部屋を出ていたマスターが戻ってきてヴェルゴっていうやつと翼の生えた女の人と話して、すぐあたし達が閉じ込められている檻の前へやってきた。

「お前もいいザマだ、ロー。シュロロロロ⋯⋯!ヴェルゴには手も足も出なかったんじゃねェかァ?お前との契約が役に立ったようだ。やはり人は信用するものじゃない。自業自得というやつだ。身をもって分かったはずだが。お前の心臓はヴェルゴが持ってる」

マスターが話している間に離れたソファに座っていたヴェルゴが歩いてきて話のタイミングで手に持っていたものを握った。それと同時に隣のトラファルガー・ローが大きい呻き声をあげて苦しそうに息をする。

「さすがのお前も気づきようなかったろうが、モネが気を利かし姿を変えてお前を尾行していた。話は筒抜けだ⋯⋯!おれは残念だぞロー。せっかくいい友人になれたと思っていたのに」
「優秀な秘書に救われたな。もっとモネを警戒しておくべきだった。マスターがあんまりマヌケなんでナメきってたよ」

明らかな挑発にあたしまで乗りそうになりかけたけど、マスターは物凄い顔をしていたから間に受けたんだとすぐに分かる。そして怒りをそのままに腹いせとしてヴェルゴが持っていたトラファルガー・ローの心臓に拳を叩きつけた。

「うぁあ!」
「口を慎め小僧がァ!」
「⋯⋯大丈夫?」
「お前すげェな!心臓とられて生きてんのか!?」
「てめェの能力を利用されてちゃ世話ねェな」

もがき苦しむ姿をすぐ側で見てしまって咄嗟に心配になり声をかけた。荒い息を繰り返していて、とてもみんなからの声かけに応えられる状態じゃないな、と大目に見て視線をそらした。

「じゃあおれのはどこにある?」
「シュロロロロ。こ〜こ〜だ〜よ〜〜スゥ〜モ〜
マスター映像の準備が出来ました」
「そうか。よし、映せ!」

鳥人間モネがマスターの挑発する声を遮り自分とほぼ同じ大きさの映像電伝虫を引き連れてやってきた。マスターから指示が出るなり正面にあったスクリーンに大きな飴が映し出された。周りの風景は雪が吹きつけている。

「ここは氷の土地、中央部だ。現在炎の土地より散り散りに飛んできたスマイリーの分身、スマイリーズが土地の中心へ向けて集結しつつある」

さっきまでと違い落ち着いた様子で語り出したマスターに何かと目を向ければ、通信機のようなものを手に持って誰かに向けて話しているようだった。

「やがて彼らがこの氷の土地で合体し、再びスマイリーとなったとき実験は始まる。スマイリーは4年前にこの島を殺してみせた。毒ガス爆弾のH2Sエイチツーエスガスそのものだ!」

何やら分からないことばっかり言っているけど、とにかく前回失敗した実験をもう一度やり直すということのようだ。
そして映像に映ったいかにも有毒そうな色の物体に声を掛けている。意思疎通はとれるようで、再会できたことになんだかあちらさんも嬉しそうにしている、気がする。

そして話し込もうとするマスターを無視して最初に映った大きな飴を一口で食べてしまった。

「あ!⋯⋯よし、食べていいぞスマイリー!そうだ、よーしいい子だ!」
「聞いてないわね彼」

飴を食べたスマイリーはすぐに反応を示し、吠えるように大きい声をあげ、みるみるうちに不気味な紫色に変色している。ルフィがカエルと言っていた体も溶けるように形が崩れていき、最後には煙のようなものを残して消えてしまった。
離れたところには人が必死に逃げているけど、気体になりマスターにシノクニと呼ばれるようになったアレに追いつかれ、体に接触した途端に動きが止まりすぐに白く石のように固まってしまった。まさにその一部始終を間近で見ていた人達は悲鳴をあげて叫び、その光景を見ているマスターの名前を呼んで助けを求め始める。

「人間が⋯⋯固まってく⋯⋯」

気体になった毒物から逃げられず次々と数え切れないほどの人が白く固まっていっている。恐ろしい光景に生唾を飲み、ここにいない他の船員クルー達の安否が気になった。

「あー!おい見ろ!ほらゾロ達だ!煙に追われてるぞ!」

あたしの頭にみんなの顔がよぎったのとほぼ同時にルフィが画面に映ったゾロを見て声をあげた。画面に見える人達は小さいけれど、サンジくん、ゾロ、ブルック、あと一人の姿をちゃんと確認出来た。

「何やってんだあいつら、あんなところで。なんちゅう走り方してんだ!」
「あらお侍さん完成してるわね」
「ほんとだ!じゃあ足くれねェかな。⋯⋯あ、おいロビンそれどころじゃねェだろ!おーいお前ら!その煙危ねェぞー!逃げホ⋯⋯ハァ。ダメら、大声出そうとすると⋯⋯。くっそー海楼石ィーー!」

ロビンが言ったように最後には顔と足だけだった侍の姿が完成していた。胴体を探しに行ったサンジくんは無事目的を果たしたようだ。無事と言っても今まさに危機的状況に晒されているけど。大丈夫だろうか、もしサンジくんがあの煙に呑まれて白く固まってしまったら、脳裏に映し出された光景に鼓動が速くなっていく。

「仲間か?麦わらのルフィ。シュロロロロ⋯⋯さすがにお前の仲間はしぶといなァ。だがやがて息も切れガスにやられる。やがて広がる何も生きられない死の国シノクニ!この研究所の外にいる連中はもう誰一人として生き残れやしない!⋯⋯お前らもなァ」

あたしの今の気持ちを煽るようにマスターは言うけれど、思ったよりも冷静でいられている。そんな自分を確認出来たとき、ガコンと大きな音と同時に床が傾き後ろの方は圧がかかった。冷たい風が音を立てて吹き込んできてすぐに外の世界に放り出されたと認識する。
凭れていた背中を起こして手に力を込めて風を起こすと隣からの低く冷静な声に止められる。

「待て。まだいい」

トラファルガー・ローの言うことは聞きたくないけれど、今の状況ならそうするしかない。上手くいかなかったら雪の中に埋めてやる。

「この殺戮兵器の前には4億の首も、海軍の中将も、王下七武海でさえ何も出来ないと証明してくれ!」

しかしいきなり外に出すのはやめてほしい。もう完全に外へ出されて、マスターは壁の向こう側になってしまったから文句も言えない。一刻も早くこの檻を出て寒いところから逃げ出したい。

「そろそろ反撃に出る」
「おっ、やるか?」
「ああ。さっさと片付けよう」

あたしもこの体勢でいるのそろそろ疲れたからトラファルガー・ローの言葉は有り難かった。