付き合う少し前
ナマエに無理矢理連れてこられたチェーン店のカフェ。
開放的な店内は平日だからか比較的空いていて、窓からは緑豊かなワイルドエリアを一望することが出来る。
時折香るコーヒーの匂いは、捕まってしまったあの人の部屋を思い出し、どこか懐かしさを感じた。
あの人の元にいた頃はこんなところでのんびり過ごす日が来るなんて思ってもいなかったなんて考えながら、自分が座っている正面の窓から見える景色を眺めていると、
ふわっと桜の香りがした。
トンッと目の前にカップが置かれる。
『これっ!』
ニッコリ微笑んだナマエが先ほどまで眺めていた景色の前に座った。
『今シーズンの新作なの』
そう言われ、目を落とすと、
ピンク色の飲み物の上に、ふわふわのホイップクリーム。桜をイメージしているのだろう、荒く削られたピンク色のチョコレートが乗せられていて、桜の良い香りが漂ってきた。
「これは…」
『実はビートくん、甘いもの好きでしょ?』
なぜ、と目線を上げる。
『ポプラさんの跡を継いでから、コッソリ甘いもの食べてるの、知ってるよ。それにね…』
そこで言葉を区切った彼女は少し悩んだあと、
『このドリンク、まるでビートくんみたいだなって。だから飲んでみて欲しかったの』
満面の笑みを浮かべてそういった。
そんな彼女の頬が桜のように染まっていて…
きっと今の僕の顔も同じ色をしているのでしょう…
外はすごく寒いはずなのに、僕の心は桜が開(ひら)く春のように温かかった。
ーーーーーー
外に出ると、店内との温度差が激しく、北風が吹いていた。
晴れてるとはいえ、まだまだ冬の寒さは抜けなさそうだ。
寒い〜と手を擦りながら歩く彼女の手を、
風邪を引かれたらあのばぁさんに僕が怒られますから、なんて言い訳をしてスッと繋いでみた。
『ビートくん?』
「あなた、桜は好きですか?」
『うん!大好きだよ!』
手は繋いだまま、元気よく頷いた彼女の笑顔はやはりキラキラしていて眩しい。
ふっと自分でも口元が緩んだのが分かる。
「では、春になったら桜を見に行きましょう」
尊敬してやまなかったあの人に捨てられた僕を支えてくれた、この笑顔。
【そんな彼女の笑顔を、本物の美しいピンクの前で見てみたい】
その時には、当たり前のようにナマエと手を繋げる関係になれているだろうか。
理由なんて必要無く、当たり前のように手を繋げる関係に…
あの頃では考えられなかったような、優しい桜色の願い。
その時のビートの顔は、とても優しかった。
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