09.キミの手はこんなにも温かい

ホップ視点
シャンプーをしてもらいピカピカになった身体を眺めているポケモン達のなかで、バイウールーはナマエが帰ってからも大喜びだった。

毛を刈られてすっきりしたのに、それでも絶妙な乾かし具合とブラシ遣いで、ふわふわのもこもこな自分の体毛が嬉しいのだろう、飛び跳ねてはくるくるまわっている。

挙げ句にはウールーの時のように転がり始め、そのままホップの方へとたいあたりしてきたのた。

「バイウールー!」

喜び方があまりにも可愛くて、そのふわふわの身体に抱きついた。
シャンプーのいい香りに包まれたオレは、バイウールーの身体に全体重を預ける。

はぁ〜、気持ちいい〜…
そのまま深呼吸をして目を閉じると、先ほどのナマエの言葉が脳裏に浮かんだ。

―私はありのままのホップが大好きだよー

オレだってナマエのこと大好きだぞ…

お互いの意味は違うけど…




幼い頃からずっと傍にいたナマエを意識するようになったのはアニキがチャンピオンになって暫くしてからだ。

あの頃はまだ幼くて、意識すると言うより憧れの女の子と言う存在だったのだと思う。

アニキがチャンピオンになった頃、オレはまだスクールに通っていたけど、オレの周りはアニキのことばかりだった。

「ホップのお兄ちゃんはすごいわね」
何気ない近所の人たちやスクールの先生達。

「ダンデはいつ帰ってくるのかしら」
アニキのことばかりに夢中になる母。

今思い返せばしょうもないと思うような、ただのやきもちだった。

あのチャンピオンに、自分の家の近所の子がなったのだから話題にあがるのも当然だし、家に全然帰って来れない息子を心配して会いたいと思うのも当然だ。

今なら分かるのに、幼い頃のオレはそれが分からなくて、だんだんと自分の殻にこもりつつあった。


そんなある日―
スクールの廊下で事件は起きた。

廊下を歩いていたオレは後ろから突き飛ばされたのだ。突然後ろから押された衝撃で、オレの身体はそのまま前に倒れてしまい、なんとか手はついたのだが膝は思いっきり擦ってしまった。

何が起きたのかと振り返ると、そこにはオレと同じ学年のいじめっ子たちが笑いながらオレを見下ろしていた。

「な、何するんだよ…!?」
「お前の兄ちゃんがチャンピオンって聞いたからさ、もちろんお前もつよいのかと思ったんだけど…」
「だっせえ!すぐこけてやんの!」

そう言いながら大爆笑してオレを囲むいじめっ子たち。初めて向けられる悪意、嘲り、某苦慮にオレは勝てる気なんてせず、いじめっ子たちをただただ見上げるしかなかった。オレは悔しさなのか恐怖なのか別のなにかなのか、とにかく泣くことしか出来なかった。

「なんだこいつ?もう泣くのか?」
「ほんと、だっせぇな!」
今度は拳を握って、オレに殴りかかってきた。

いじめなんて体験したことのなかったオレは情けないことに恐怖で身体がすくんでしまい、立ち上がることも助けてと声をあげることも出来なかったのだ。

唯一出来たことは、さっきこけた時に出来たであろう、擦り剥いて血が出ている弱々しい手のひらで顔を守ることくらい。

チクショー!そう心で叫びながらただただ今から来る痛みに耐えるしかないのだ。思わずギュッと目を瞑ったが、殴られる痛みは一向に襲ってこなかった。

「お前…!手離せよ…!」
『ねぇ、何してるの?』

「聞いてんのか!離せっていっ、」
『私が聞いてるんだけど?ねぇ、何してるの?』

焦ったようないじめっ子の声と。それから、聞き慣れたソプラノの声。

恐る恐る目をあけると、幼なじみのナマエが殴ろうと振りかざしていたいじめっ子の腕を掴んでいた。背丈は自分より少し大きいくらいの彼女だったのが、彼女の威圧感はそれ以上に感じた。

『ホップ、突き飛ばされたの?』

そのままホップの手のひらの血を確認すると、あろうことかナマエは掴んでいた腕を思いっきり捻りあげたのだ。

「いてぇぇっ!!いてぇぇ!!離せ!!」
『痛い?何言ってるの?ホップの方が痛いに決まってるよね?いきなり突き飛ばされて、こんな大勢にかこまれて』

そう言うナマエの顔は幼い頃から一緒にいるホップでも見たことがないくらい冷め切っていて。そんなナマエの冷気を感じ取ったのか、

「わかった、オレが悪かった…!」
いじめっ子は謝り始めた。

『謝るのは、私じゃないよね?』
「そ、そうだな…!ホップだよな!ホップ、悪かったな!だから離してくれ!」
『………』
「ナマエ…」

オレがもう良いよ、と声をかけるまで、ナマエはいじめっ子たちを離さなかった。

『次は、ない』
「もうしねぇよ…!怖すぎる…!」

一目散とはこういうことを言うのか、と思うくらいのスピードでいじめっ子たちは去って行った。


『ホップ、大丈夫?たてる?』

さっきまであんなに冷たい顔をしていたはずなのに、オレに駆け寄ったナマエはとても心配げな目差しで手を差し伸べた。
だがオレは、こんな弱いオレに手を差し伸べてくれたにも関わらず、オレはパシンッとその手を弾き返したのだ。

「ナマエ、あんまりオレといないほうがいいぞ…」
『ホップ…?』

何を言われたのか分からないと言う顔で、ナマエは弾かれた手とオレの顔を見比べる。

「オレはアニキと違って弱いから、もしかしたらオレと一緒にいると、ナマエまであんな奴に絡まれるかもしれない。それに…」
『それに?』

「オレは人気者のアニキと違うからっ…お前までオレをアニキと比べるんだろ!?」

オレより少し大きいだけの背丈のはずなのに、オレよりずっとずっと強いナマエ。
八つ当たりなのは分かっている。それでもオレは口を慎むことが出来ず、助けてくれた恩人であるはずのナマエに当たってしまった。

ナマエを怒らせただろうか、呆れられてしまっただろうか…ナマエが無言なのが余計に怖くて、恐る恐るナマエの顔を見上げると、ナマエは怒っているどころか、キョトンとしていた。

『それで?』
「え?」
『ホップとお兄さんが、どうしたの?』

よく理解できなかったというような声音で聞いてきたナマエにオレの方がキョトンとしてしまった。

『お兄さんはお兄さん、ホップはホップじゃないの?』
「へ?」

ナマエはホップの横にしゃがみ込んで目線を合わせる。

『私は、ちょっと弱いけど、その分皆より優しいホップが好きだよ。お兄さんと比べたことなんかないし、これからも比べないと思う。それにね…』

ナマエは今度こそとオレに手を差し出した。

『ホップが弱いって言うなら、強くなるまで私が守ってあげる』

ね?

ホップの手を掴みながら、頼もしく言い切ったナマエはとても強くて輝いて見えた。

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