10.恋を自覚した日

ホップ視点
彼女がオレを守ると約束してから数年間、ナマエとオレはいつも一緒だった。

双子のように仲がいいとよく言われ、
オレとしては双子というのはちょっと違うぞと幼いながら不満を抱いていたけど、その反面ナマエと一番仲が良いのはオレだと言うことに優越感も感じていた。


だけど、ナマエとオレが別々の道を歩む時がきた。


ナマエはちょっと早いが仕事を始め、オレとなかなか遊べなくなってしまった。
あんなに毎日のように遊んでいたのにたまにしか会えなくなって寂しくなかったと言えば嘘になるが、その気持ちと共に仕事を頑張るナマエのことを心の底から応援していたのも事実だ。

それでもナマエは、どんなに忙しくても時間が合えばオレの家に遊びに来ては皆でバーベキューをした。

初めてアニキとナマエが会ったのもこの頃だ。アニキが帰省している時とナマエが遊びに来る日が重なり、一緒にバーベキューをすることになったのだ。

いつもアニキと出掛ければ、アニキばかりがキャーキャー言われてオレは面白くない思いをしてきたから、
どうせナマエもミーハーにキャーとか言うんだろなんて、肉にかじりつきながら睨むようにナマエとアニキを見てつめていた。

だが、ナマエははじめましての挨拶の後、

『ホップと同じ瞳なんですね。あ、下まつげもですね』

なんてまじまじとアニキの瞳をのぞき込んで言うものだから、オレとアニキの方が吹き出してしまった。


その頃くらいからか、ナマエとは背丈が開きつつあった。今まではナマエの方が大きかったのだが、今ではオレの方が少しばかり大きい。
そんな身長の差は、月日を表すようにどんどん開いていき、
ジムチャレンジ開会式の頃には完全にオレの方が大きくなっていて、ナマエも少しだけ女性に近付きつつあった。

そんなナマエをオレが本当に守ってやりたいと思ったのはファイナルトーナメントの日だった。


その日、ナマエは仕事を休んでオレとユウリとの試合を観に来てくれていた。

ナマエが見てると思うと、尚更負けたくないという気持ちがふつふつと湧き出てきた。それは手持ちのポケモンたちも一緒なようで、試合開始前から興奮しているかのようにモンスターボールが揺れている。よし、やるぞ!と頬を叩いてこれまでにない程の気合を入れからスタジアムに足を向けた。


結果は敗退。


アニキと戦うことはおろか、ライバルの少女にすら負けてしまうなんて…
本当の意味で目の前が真っ暗になっていたオレは、ふらふらと覚束無い足取りで、取材陣が表で騒いでいることも忘れて堂々と正面からエントランスへと出てしまったのだ。

眩しいフラッシュを浴びたその瞬間、しまったと思ったが、時既に遅し…あっという間に記者達に詰め寄られてしまった。慌てて戻ろうにも壁に追いやられ、オレを囲むかのようにマイクを向けられフラッシュをたかれる。

「ホップ選手、一言お願いします!」
うるさい…

「ホップ選手!!」
うるさい……!

「ホップ選手、感想を!!」
うるさいっ…!!

この場にオレの悔しさが分かる人なんてどこにいるんだ…!
今オレの気持ちなんて悔しいの一言に決まってるだろ!?

思わず言葉が飛び出しそうになったそのとき、

『ホップ!!』

ハッと意識を戻させる声がした。

記者達をかき分けてオレの前に飛び出したのは、キャップを乗せた銀色の髪の毛。ナマエだった。よほど探していたのか、その銀髪は乱れ、息を切らせている。

『もう!こんな時に、しかも公式が提供する場じゃないここで、アポイントもなしに取材って!常識知らずにも程があるわ!取材するなら、公式が設けている席でお願いします!』

ナマエはまるでホップを庇うように立ち、その鈴が転がるような声をエントランス中に響かせた。

その後ろ姿は、シチュエーションは全然違うはずなのに、幼い頃いじめっ子から庇ってくれたナマエをみているようで…でも何か違和感を感じる。何だろう…

「あなたは…ナマエさんですね?」

一人の記者が突然飛び出してきた少女の顔を確認するかのように、不躾にナマエの前にかがみ込んだ。

「ホップ選手とどういったご関係ですか?」
『っ!人違いです』
「人違いなわけないですよね?ちょっとお話を…」

ナマエの後ろ姿をぼんやり見ていたオレだったが、記者の一人がナマエに手を伸ばした途端、オレの思考は急激に引き戻されたと同時に頭が沸騰したかのように熱くなる。

それが怒りとも気付かずに反射的にナマエの手を思いっきり掴んで引き寄せた。

「この子は関係ないだろ。オレだけじゃなく、第三者にも迷惑をかけるなら、公式に言ってお宅との契約を切らせて貰うことも出来るけど、どうするんだ?それに…」

オレのナマエに手を触れるな。

そこまで言ってしまいたかったが、流石にその一言は飲み込んだ。

きっとオレの顔はとてつもなく怒った表情をしていると思う。それでも構うもんかと思い、露骨に顔にだした。いや、敢えて出したのだ。

その気迫におされたのか、契約が切られるかもしれないことに怯えたのかは分からないが、報道陣たちは水を打ったかのように静まり返った。

「こっちだ」
『ちょっと、ホップ…!?』

焦ったような声を出すナマエの手をひきながら足を進めると、報道陣たちはまるで恐れるかのように道をあける。その間を早足で進み、先ほど通ってきた関係者専用通路へと戻る。

途中、リーグスタッフに、「ホップ選手?それと…」と声をかけられたような気がしたが、オレが醸し出す雰囲気を察したのか、呼び止められるようなことはなかった。

「ホップ選手」と書かれた個人控え室に入ると、掴んでいた腕を離した。

「ナマエ」

低い声で呼びかければ、思わずナマエが肩を揺らした。

『…何…?ホップ、顔、怖いよ…?』

「お前、自分の立場分かってるのか!?あのままだったら、熱愛報道とかされて、お前が困ることになったかもしれないんだぞ…!?」

突然大声を出したからか、ナマエはビクッと身体を縮こまらせ、目を伏せた。それでもオレの説教は止らなかった。

「下手に取材陣に突っ込んできて、何考えてるんだ?!さっきだってナマエ、記者に、」

触れそうだったんだぞ…!

そう続けようとしたオレは息をのんだ。

『グスッ…』

ナマエの鼻をすする音がしたのだ。床にはポタポタと大粒の水滴が落ち始めて、そこで初めてオレはナマエが泣いていることに気付いた。

長年ナマエと一緒にいたが、ナマエが泣いている姿を一度も見たことがない。むしろ、どんな時でも泣かないナマエに、泣くってしってるか?って聞きたくなったくらいなのだ。

そのナマエが泣いているなんて、オレからしてみたら信じられない出来事で。一気にオレの怒りが消沈していくのが自分でも分かり、その次に湧いていたのが焦りだった。

「ナマエ、悪かった…!ちょっと言い過ぎたよな…!?ごめん…!?」

咄嗟に謝るも、ナマエの涙はボロボロと溢れていって、泣き止むどころか更に肩を震わせている。

「ごめん、ごめんなナマエ…!」
『ちが、の…』
「ん?」
『ちがうの…私、怒られたから、ないて、るんじゃ、なくて…悔しく、て…』

慌てて慰めていると、ナマエが言葉を詰まらせながら口を開いた。オレが今怒ったことで泣いたんじゃないとすると何で泣いたんだ?しかも悔しいってなんだ…?

『ホップが、あんなに凄い試合、したのに、負けちゃって…誰より悔しいのは、ホップなの、に…』

あぁ、コイツは…ナマエは…

『しかも、負けた相手、は、ライバルの女の子、で…悔しい以外の、何でもない、のに…それを、平気で、土足で入ってきた、あの人たち…もう、悔しくて…!!』

どんどん激しくなってくるナマエ嗚咽。ナマエは両手の甲で両目を擦りながら、必死に言葉を紡ぐ。子供のようにわんわん泣くナマエを見ていると、ナマエの涙が溢れる度、オレの悔しさとか怒りがどんどん浄化されていくような錯覚に陥った。

ナマエは、オレのために泣いてくれてるのか…
ナマエは、オレの試合を誰よりもしっかり観ててくれたのか…

『ホップ…本当はホップが一番、泣きたい、はずなのに…ごめん…でも、私も本当に、悔しくて…っ!?』

気がつけばナマエの顔はオレの肩、オレの手にはナマエの背中のぬくもり。気がつけばオレはナマエを抱きしめていた。

『…ホップ?』
「ごめん、ナマエ。お前はオレのために怒って、悔しがって、泣いてくれてるんだな」
『…うん』

「それだけで十分だ。お前が代わりに泣いてくれたから、オレはもう大丈夫だ」

そういい、ナマエのキャップに頬をよせ、目を閉じた。
その途端、ナマエが更に嗚咽を溢し始めたから、背中をさする。

『わぁぁん!ホップー…!』
「ホラ、そんなに泣くなよ…あんまり泣くと明日、目腫れるぞ」

腕に閉じ込めたナマエは思っていたよりも華奢で力を入れると折れてしまいそうだ。

再び目を開け彼女の背中を見たとき、報道陣から守ってくれたナマエの背中の違和感が何だったのかすぐに分かった。

あんなに頼もしかったナマエの背中はいつの間にこんなに華奢になってしまったのか。

オレより少し大きかったナマエは、気がつけばオレより小さくなっていて。
大人の男の力では簡単にねじ伏せられてしまいそうだ。

それでも誰より優しく強い彼女だから、見境もなく突っ込んでくるのだ。さっきみたいに。

そんな彼女のことを、今度はオレが守っていきたい。

例え隣にいることが出来なかったとしても、幼なじみというポジションは永遠オレのだ。

この小さくなってしまったナマエのことを一生守っていきたい。


これが、オレの憧れが恋へと変わった瞬間。

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