12.「何でもない」と平気な顔をした

ナマエ視点
家を出た私は肩で風を切るかのように家から駅に向かう坂を下りていく。
今日もとても良い天気で、空には沢山の鳥ポケモンたちが、草むらには日向ぼっこを楽しむ虫タイプのポケモンたちが見え隠れし、とても温かい気持ちに包まれる。先ほどまでの鬱憤が少しずつ晴れていくようだ。

やはり、家をでて正解だったと思う。

せっかくのチケットだし、どうせなら使おう、このチケットでこの鬱々した気持ちを晴らしてやるんだから。

そう思いながら、どんどん坂を下っていくナマエだったが、それはまるで先ほどの出来事を忘れるために懸命に言い聞かせているようで。端から見ればネガティブなオーラが出ているのが分かるのだが、私自身はそんなことに気付くわけもなく。

しかし街中が見えてきた広場で、ナマエは歩みを遅めた。

目の前の広場では、何人かのカップルがこれから出かけるのだろうか腕を組んで歩いていたり、ベンチに腰掛け軽食を食べさせ合いっこ(いわゆるアーンだ)をしているカップルなど幸せに満ち足りた空間だった。
普段は意識をしたことなんてなかったのだが、ここの広場にはこんなにカップルが過ごしていたのか。


本当に私はテーマパークに行って大丈夫かな…

ここでさえこんなにカップルが多いのだから、テーマパークなんてもっと多いだろう…

果たしてそんな環境の中で、こんな気持ちで楽しめるのかな…
やはり、家に帰ってじっとしていた方が…

先ほどまでの気持ちがしゅんと風船の空気が抜けるかのように萎んでいく。

やっぱり帰ろう…

肩を落とし、Uターンしかけたその時、
「ナマエ!」
と自分を呼ぶ声がした。

声のする方を見ると見慣れた白衣姿のホップがこちらに向かって歩いてくる。
その腕には何冊か分厚い本や付箋が沢山貼られていたファイルが抱かれていて、図書館かどこかに行くようだ。

「やっぱりナマエだ」

隣に並んだホップは私の顔を確認すると、すぐ近くにあった花壇にしゃがみ込み、レンガに抱えていた本を置きながら私の顔を見上げた。

いつもは私が見上げているからか、ちょっとだけ違和感を感じる。そういえば、昔は私が見下ろしていたのに大きくなったなぁなんて親のような目線でホップを眺め降ろした。

「ちょうど、資料をまとめようと思って図書館に行こうと思ったら、ナマエの姿が見えたからさ」
『そうだったんだ』
「で、ナマエ、なんでこんなところにいるんだ?今日は彼氏とテーマパークに行くんじゃなかったのか?」

そうだ、ホップには今日のことを話していたし、昨日だって連絡がきてたじゃない。

ホップも笑ってはいるけど、その目がごまかしても無駄だぞ?と圧を放っている。
これは正直に話すしかなさそうだ。

『……忘れてたんだって…』
「え?」
『私との約束、自分が誘ったくせに忘れて仕事入れちゃったんだって…』
「そうだったのか…」

『本当は最低2人からでしか入れないショーがどうしても観たかったんだけどそれは見送ることにして、せめて1人でパーク内回るのもいいかなって思ってたんだけど…ここに来たら…』

カップルだらけのこの広場をみて虚しくなったとは言えず、語尾をごまかしたのだが、ホップは少し周りを見回してすぐに察したようだ。

「あ〜、なるほどだぞ…」
『だから、帰ろうかなって思ってたところにホップが来た感じかな』

明るく締めくくれば、ホップは何かを考えながら立ち上がり私の手からそっと握りっぱなしだった破かれたチケットを手に取った。

「これ…」
そのまま自身の手に乗せて、破れた境目を重ね合わせる。

『あー、それね…結局彼と喧嘩しちゃって…彼が破いて家出て行っちゃったの。破れてても使えるかなって持ってきたんだけど、もう帰るから関係ないよね』

そう話した私の言葉はまるで本当は行きたい気持ちを隠すかのように早口だったと我ながらに思う。

黙ってチケットをみているホップと、彼氏にほっぽりだされた私。

段々と自分が情けなくなってきて、『じゃぁ私帰るね!』と今度こそ家に帰ろうと一歩後ろに下がったとき、ホップが私のナマエを呼んだ。ようやくチケットから顔をあげた彼の瞳は真剣だった。

「ナマエ、これ、オレとじゃダメか?」

『ホップなに言って…』
「ナマエの彼氏の代わりにオレが一緒じゃダメか?」
そう言ったホップはチケットに小さく記載されている文字を指さす。

「チケットの注意事項みてたけど必ず本人じゃないといけないとは書いてないし、オレが一緒に行けばナマエのみたかったショーも見れる。2人でいれば周りがカップルだろうと気にならないだろ?」

さっき黙っていたのはこの文字を読んでいたのか。

『でもホップ、さっき資料まとめにいくって…』

「今日は研究は休みで、やることがなかったから進めようと思ってただけだぞ。だから気にするな!それとも、オレとじゃ嫌か?」

『そんなことない!そんなことないけど…』

ホップからの提案は願ってもないものだった。
正直なところ、彼に忘れられていたという扱いのひどさへの悲しみ、行きたかった気持ちと、行けなかった気持ち、それを全て抱えて家に帰るにはしんどいものがあった。

だからこそホップからの申し出はまるで暗闇の底に垂れてくる蜘蛛の糸のようだ。
それに…ホップと一緒ならテーマパークは、彼と行くよりもきっと楽しい。

でも、それに甘えてしまっていいのだろうか…
いや、ホップは誰よりも優しいから、きっと私に合わせてくれてるんだと思う…
しょげてしまった私を元気づけようと、幼なじみの優しさで言ってくれてるんだ。

そうだとしたら、尚更甘えてしまうわけにはいかない。

「ナマエ?嫌なのか…?」
『嫌じゃない!でも…ホップ、一緒に行く相手が私でいいの…?』
ホップは一瞬「?」という顔をしたがすぐに、

「何言ってるんだ!?お前とがいいんだぞ!」

と私の頭を撫でた。髪がボサボサになっちゃうよホップと言えば、彼は満面の笑みで

「じゃぁ決定だな!オレ、これ家に持って帰って着替えてくるから、そこのベンチで待ってるんだぞ!!」
と有無を言わさず風のように去って行った。


ホップ視点
部屋に入ったポップはドアに頭を打ち付けた。急いで走ってきたのもあり息が上がっているのだが、それよりも顔が赤くなっていることを気にするべきだろうか…

やってしまったぞ…
そう心で思うと、そのままずるずると扉の前に座り込んだ。

悲しそうなナマエを見てられなくて、咄嗟に一緒に行こうと提案してしまったけど…
よくよくしっかり考えてみればナマエと2人でテーマパークなんて…

まるでデートじゃないか…

あぁぁぁ、変に思われてないか?大丈夫なのか?オレ…

頭をガシガシ掻きながら、あ〜とかう〜とか奇声と発していると、自分が羽織っている白衣の裾を誰かが引っ張った。

振り返るといつの間にかボールから出ていたザマゼンタとバイウールーだった。
2匹は早くしろと言わんばかりにオレのクローゼットから上着などを引っ張り出してきている。

「そうだよな…ナマエ、待たせてるもんな」

とりあえず床に散らばらせていた、持って帰ってきた本をテーブルの上に置く。片付けるのは帰ってきてからでいい。

そのまま白衣を脱ぐとサッと私服へと着替えた。いくら昼間が寒いとはいえ、夜は冷えるかもしれない。バイウールーが出してくれたターコイズブルーのコートを身にまとう。着替え終わると鏡の前に行き、服と髪のチェックをするが、バイウールーやザマゼンタの見立てもありバッチリだ。

これならナマエと2人で行っても浮きはしないだろう。これで家を出れそうだと思ったがホップはもう一度鏡を覗き込んだ。その中にはデートかもと意識して緊張している自分の姿が映っていた。

両手で自身の顔を二度してしっかり気合いを入れる。少々力が強かった気がするが、今の自分にはちょうどいいくらいだ。

よしっ、もう緊張した顔のオレはいないぞ。


家を出る前にもう一度、ナマエから受け取った破れたチケットを見つめた。
これ破かれた時のナマエはどんなに切なかっただろう…

リビングに置かれたセロハンテープを適当な長さに切り、無残に引き裂かれたチケットを1枚に直す。直したところで、どうにかなるわけではないだろうが、破れたままと言うのはどうにも虚しい気がするぞ…それならば、と思ったのだ。



家を出てナマエがいる広場へと小走りで向かう。時計を見ればナマエと別れてからそんなに経っていないのだが、極力ナマエを1人で待たせたくなかった。

だが広場に着いても待っててくれといった所に彼女の姿はなく、誰にも座られずポツンと置かれたベンチがあるだけだった。

「ナマエ?」
待たせすぎてしまったか?だが、そんなに時間は経ってないはず…

どこかに移動したのだろうか…

キョロキョロして広場を出てみると、すぐに彼女は見つかった。
駅入り口の巨大看板をただただ呆然と見上げている。

あの看板は……

その看板は駅の上にでかでかと3枚並んでおり、大手出版社が出す超人気雑誌の表紙だ。
雑誌の表紙はジムリーダー、俳優、アイドルなど今をときめかす有名人が飾るのがお約束になっている。
毎度この看板が変わる度に、街を行き交う人は足を止め、写真を撮ったり、「今月は○○さんじゃん!」とキラキラした瞳で語ったりするのだ。

ホップもこの看板の前までは、看板が差し替わった日の早朝、人が少ない時間に訪れて良く写真を撮っていたものだ。
だが今は全く撮りたいとは思わない。
今回の看板になってからは視界にもあまり入れないようにしているくらい、オレはこの看板が嫌いなのだ。

今期はつい最近メディアに出始めたグラビアアイドルと若手男優のコラボなのだ。
グラビアアイドルはぽってりした唇にたくさんグロスをつけて色っぽい視線でこちらを見つめている。
その後ろから若手男優が耳元に囁くかのように抱きしめている看板。


ホップの位置からでは後ろ姿しか見えないから、彼女がどんな顔でその看板を見上げているのか分からない。だが、その背中は寂しそうだった。

それは、ナマエの過去を見ているのか、はたまた別の何かを思い描いているのか…

「ナマエ…」

声をかけようと歩みを進めると、ようやく彼女の横顔が見えるようになった。その表情にはやはり哀愁が含まれていて。そんな彼女が、ふと広告から視線を外し、駅の入り口辺りをじっと見つめたかと思うと一瞬だけとても悲しそうな顔をしたのだ。

あんなに看板を見ていたのに、何かあるのか?

彼女の視線の先を辿ったオレは凍り付いた。
彼女の視線の先には、看板と全く同じグラビアアイドルと、看板の若手男優であるナマエの彼氏が腕を組んで歩いていたのだから。



2人は完全に2人の世界に入ってしまっているようで、ナマエがいることにも気付かず駅へと入っていった。
それを何も言わず、悲しそうな顔で見送ったナマエは今どんな気持ちなのか…

考えるだけでオレは苦しくなり、ナマエの元へと駆け寄った。

「ナマエ!あいつ、仕事って…!!」
ナマエの肩に手を乗せながら、男たちが去って行った方を指さすと、ナマエはゆっくりオレの方に顔を向けて視線を合わせた。

『仕事って言ってたけど…違ったみたい』

そのまま眉を下げて自身を嘲るかのように笑ってポツリと呟いた。
『そういうこと、だよね…』

「いいのか!?ナマエ!!追いかけなくて!なんならオレが行ってもいいんだぞ!?」

なんでナマエよりオレの方が怒ってるんだよ、ナマエが一番怒りたいはずなのに…!
そう頭では思っていたが、ナマエを傷つける2人がどうしても許せなかった。

「オレ、行ってくる」
そうキッパリ断りを入れ、駅の中へ向かおうとしたオレの腕を、人より冷たいナマエの手が掴んだ。

『大丈夫。ホップ、大丈夫だから』
困ったように笑うナマエに、オレはでも、とか、だってしか言うことは出来なかった。

『何でもないの。だから私は大丈夫だよ』

一生懸命平気な顔を作ろうとするナマエ。
そんな彼女の頼りない強がりに、ホップの方まで切なくなる。

こんなときまで強がらなくていいんだぞ…

そう伝えたかったが、今ここでそんなことを言うと逆に彼女は辛くなってしまう。

それならば…
「ナマエ、あっちのカフェでコーヒーでも買うか?パーク行きの電車、一本遅らせても平気だぞ」
そうニッコリ笑ってナマエの手を優しくひいてやる。

ナマエはほんの少しだけ黙った後『ありがとう、ホップ…』と、
とても小さな声で囁いたのをオレは決して聞き逃さなかった。



ちらっと視界に入った特大看板。
グラビアアイドルと、その隣で微笑む若手男優でありナマエの彼氏を、オレはナマエに気付かれないようギッと一瞬だけ睨んだのだった。

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