15.夢ならどうか覚めないで

※早く展開を進めたい方は読まなくても可。

ナマエ視点

ショーが開演し、私はドキドキと手に汗を握る勢いでステージに釘付けになっていた。
こんなに素敵なショーが観られた。大迫力の音響、マッピング、ダンス、愛らしいキャラクター、ストーリー…全てが美しすぎて感嘆のため息しかでない。

隣にいる、私を連れてきてくれたホップを観ると、彼はキラキラした瞳でショーに魅入っていた。今にも、すごいぞ!なんて声が聞こえてきそうだとクスッと笑う。

今日一日本当に楽しかった。ずっと笑っていた。こんなに笑い続けた日はいつ以来だっただろう。この楽しい時間が終わったら、私はまた憂鬱な日々へと戻っていく…
そう気持ちが沈みかけたとき、一フレーズの台詞が耳に入った。

[僕たちは仲間を信じて、進まなきゃいけない。なにも怖がることなんてないさ]
[未来は誰に決められるものじゃない、自分たちの手で切り開いていくんだ]

その台詞は不思議と自分のなかにすんなり入り込んできて、まるで溶けていくかのようにじんわりと心の中に広がった。

そうだ…私の人生だよ…あんな男に制限されることなんてない。私の未来は私の手で…

そう思った時、パッと暗転した。
(…ーねぇ、痛いってば!離して…!!)
その暗闇の中で私の頭を過ぎったのは彼に髪の毛を捕まれた私の姿で、フラッシュバックしてるだけだと分かっているものの、その世界から抜け出すことは出来なかった。



「ナマエ、凄かったな!!?」
隣からはしゃいだような声で話しかけてきたホップの声にハッと意識を引き戻される。
気がつけばショーの幕は降りており、観客たちは各々の感想を話しながらわらわらと席を立っているところで、どの観客も「超感動した」、「泣いちゃったよ〜」ととても高評価だった。

「ナマエ?どうした?」
『え?』
「…いや、なんでもない」
『?』
「それより、早く出ないと出られなくなりそうだぞ!」

ホップに言われて入り口をみると観客が一気に出口に向かって押し寄せているからか、大混雑状態。1階席なんて、上から見下ろしているからか、その混雑状態が一目瞭然だ。この様子だとメインロビーもごった返しているだろう。到底この人混みをかき分けてなんて出て行けそうもない。

『ごめん、ホップ!私がぼーっとしてたから…!』
「そんなことないぞ。凄かったからな!感動して動けなくなる気持ち、分かるぞ!」

『うん…ごめんね…これじゃ観覧車間に合わないよね…』
「あー、それは仕方ないな…」
『約束破っちゃったお詫び、なにかある?』
「んー、そうだなー…ちょっと考えさせてくれ!どっちにしてもこのままじゃ出れそうにないし、もう少しおさまるのを待とう」

そう言い、ホップは電源を切っていたスマホロトムを取り出し、何かを検索しはじめた。

ホップの言うとおりだ、と思いながら私はコンパクトミラーを取り出す。せめてリップくらい塗り直さなきゃ。
鏡に映る自分の顔に、あれっと思う。頬の辺りのメイクが薄れているような気がする。それは、縦線になっていて。

よく分からない線は取りあえず消そうと、携帯型のフェイスパウダーで軽くなぞるとすぐに見えなくなった。なんだったのかな…

リップも軽くつけ直したところで、ホップがスマホロトムをしまい、席を立った。
周りを見ると大体の人ははけたのか、人もまばらになっておりこれなら十分出られそうだ。

「そろそろ出れそうだけど、立てるか?」
『うん!大丈夫』
「じゃぁ、行くか!」

手を差し出してくるホップの手を借りて、私も立ち上がった。


会場から外に出ると、もうすっかり夜になっており、空気が少しひんやりとしてる。私はショーの時には外していた、ホップから貰った帽子を被った。ウールーの毛で作られた帽子はやはりふかふかしていて気持ちいい。視界の横を編まれた毛が横切るのが嬉しい。

「あともう少しで退園だぞ。今から被るのか?」
『うん。今日はこれ被って帰る』
「家までか!?」
『うん。これ貰ったとき、本当に嬉しかったから…』
「そ、そっか…」
『あ、でもホップはカチューシャつけちゃだめだよ?流石に電車乗ったときツノはまずいと思う』
「わかってるぞ…」

そんなやり取りをしながら、パーク出口に向かって歩く。
道には今会場から出てきた人しかいなかった。閉園時間が近いらしく、スタッフさんたちがライトを振ってにこやかにお見送りしてくれている。

パーク内の建物全てに暖かな火が灯り、それを真ん中にある大きな湖が水面でゆらめかせる。なんて幻想的な景色なのだろう…

『綺麗…』

それは思わず言葉として溢れ出てくるほどに美しい景色だった。それと同時に、きっと幸せな時間のおしまいだから、余韻に浸れるように美しく見えるのではないか、などと頭を過ぎる。

「凄い景色だな。明るい時も綺麗だったけど、夜はこんな幻想的になるんだな」
『凄い偶然。私も同じ事思ってた』

楽しすぎた時間はあっという間で、あんなに空の青が反射して美しかった水面も、気付けば街の明かりが揺らめく美しさに。楽しい時間の流れとは本当に早い。

「ほんとか!?なんだよ、考えることは昔から一緒だな!」
『本当だね。私たち、本当に昔から仲良かったもんね。まさか、ホップとここに来ることになるなんて思ってなかったよ』
「オレだってこんな日が来るなんて思ってなかったぞ」

パークの出口を通り、駅の前へと到着する。
パークの音楽が遠くなり、じわじわと電車の音や発着のアナウンスが聞こえてきて、現実への階段が近づいてくる。

あぁ、私の夢の時間が覚めてしまう…
これが夢なら覚めなくていいのに…

だんだんと重たくなっていく足を無理矢理動かしながら、いつの間にか大きくなっていたホップの横顔を見上げて笑いかけた。

『ホップ、今日は連れてきてくれて本当にありがとう。楽しくて楽しくてあっという間だった』
「オレだって楽しかったぞ!!まだまだ遊び足りないくらいだ」

ホップも私を見下ろして笑顔で返してくれる。
この角度から見上げると、まるでホップの彼女の目線体験だなぁ、って、私が言う立場じゃないんだけどね…

あーあ、帰りたくないなぁと呟いたのがホップに聞こえたのか、ホップははたと脚を止めた。

『ホップ?どうしたの?』
2.3歩先に進んでしまった私はホップを振り返る。

そこにはほんの少しだけ微笑むという一気に大人びた表情のホップが、さっきの観覧車のお詫びなんだけどさ、と切り出した。


「帰りの時間、1時間だけオレにくれないか?」

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