ナマエ視点
私は今、ホップのアーマーガアの背中で身体に風を受けている。
背中とお腹にはホップの体温。
どうしてかって?
朝出発した駅まで帰ってきた私は、駅を出るや否やホップから帽子を仕舞われ、ボールから出されたアーマーガアに乗せられた。そして、有無を言う暇も無く上空へと飛び立たれてしまったのだ。
別に高所恐怖症ではないけれど、ポケモンに乗ってこんな高さを飛ぶなんて体験は初めてだ。
「ナマエ」
耳元でホップの声がする。こんなに近くでホップの声を聞いたのはいつぶりだろうか。きっとホップがもっともっと幼くて、声変わりもしてなかった頃だろうか…久しぶりに耳元で私の名前を呼んだ声は、低いはずなのにどこか高いトーンも混ざって私の鼓膜を震わせた。
「寒くないか?」
その声は私を気遣ってか、不安そうな声で尋ねてくる。
あ、怖くないか?じゃないんだ。
まぁホップなら私が高所恐怖症じゃないことなんてお見通しか。さっきのテーマパークでも話したし。
何でも知ってるんだなと思いながらアーマーガアの羽の突起を掴んでいる自分の腕を見ると、少しだけ鳥肌が立っていた。
『少しだけ、寒いかも!』
いくら春が近いとはいえ、こうも高度が上がり風を受けているとなると肌寒く感じる。
お昼は暖かかったんだけどなぁ…アウターを薄いものにしたのが失敗だっただろうか。
「ナマエ、ちょっとしっかりアーマーガア掴んでてくれ」
『え!?どういう…』
カサリと言う音がしたかと思えば、お腹にあったホップの腕が無くなった。
『ちょっと…!?離さないで!流石に怖い…!』
ホップのアーマーガアが私を落とすなんてことは考えられないけれど、私がドジを踏んで落ちてしまいそうだ。ホップ何してるの!?と振り返りたいがそんな余裕もない。
ホップのばか!、なんて思っていたら、不意にホップの香りと温かいターコイズに包まれる。
その上から、ニットを着たホップの腕が私のお腹に回された。
「これで少しはマシか?」
それは、ホップが着ていたはずのコートだった。私の服よりずっと大きい彼のコートは、まるで大きな毛布かのように私をスッポリと包んでくれている。今までホップが着ていた温もりが私の身体にじんわりと熱を分けてくれて、鳥肌はすぐに治まりそうだ。
『ホップは寒くないの?』
チラリと一瞬だけホップを見る。あまり余裕はないのでほんの少しだけ。それでもホップの顔が赤いくらいは分かった。
「オレか!?オ、オレは平気だぞ…!むしろ暑いくらいだ…!」
『そっか…確かにホップ、顔赤いもんね』
「!?そ、そうか!?」
パシッとホップが自分の頬に手をあてた音がしたのだが…
手をあてた音がするということは、勿論私のお腹からは手が離れるということで。
『えっちょっとホップ、手離さないで…!』
「あ!そうだった!!悪かったぞ、ナマエ」
『ねぇ、ちょっと。絶対悪いと思ってないでしょ…』
「ハハハッ、お前でも怖いとかあるんだなって」
『怖いわけじゃ無いの…!』
こんな空高くに他の人なんているわけもなく。
背中に二人を乗せているアーマーガアが、楽しそうにガアと鳴いた。
ホップ視点
ナマエがテーマパークにいたときから、時々暗い顔をしていたのは知っていた。
きっと彼氏(認めたくないが)のことが頭に過ぎっているのだろうと思っていたけど、ショーの後に見たナマエは今にも消えてしまいそうな顔でただぼんやりと座っていたのだ。その頬にあった筋は、公演中にオレが見た涙の跡で間違いなくて…
そんなにお前を苦しめてるものなんか捨てちまえよ、と心底思った。何がそんなにお前を縛り付けてるんだよ。何をそんなに怯えてるんだよ。
テーマパークで過ごした一日は本当に楽しくて、ナマエと付き合ったらこんな感じなんだろうな、とかナマエといると笑いが絶えないな、なんて夢のような一日だった。
これが夢なら覚めないで欲しいと願いもした。
だからこそ、ナマエがテーマパークを出てから暗い顔をしていた時はオレもとても苦しかった。
帰りたくないなら帰るなよ、と自分の腕の中に閉じ込めることが出来たらどんなに良かったか…だが、これはナマエ自身で断ち切らなきゃいけない。オレに出来ることは…
「1時間だけお前の時間をくれないか?」
アーマーガアの背にナマエを乗せると、オレはその後ろに跨がり、空を飛んだことがないであろうナマエのお腹に片手を回す。おんぶしたりするときもあったが、ナマエのウエストに手を回すことなんて滅多にないわけで。
片手でも十分な程の細さにオレは力を入れすぎていないか心配になるが、ナマエから文句は飛んでこないから大丈夫なのだろう。
そうすると次は、必然的に後ろから抱きしめているような体勢が気になってくる。オレの顔はナマエの頭の真上になり、あんなに歩き回ったはずなのに、彼女の髪からはシャンプーの香りが…
オレのアーマーガアがナマエを落とすなんてことはあり得ないだろうけど、ナマエがバランスを崩したりしたときとか、万が一の為だ、万が一。万が一の時のために腕を回してる訳でだな、なんて誰に説明するわけでもないのに一人心の中で言い訳をする。
アーマーガアが飛び立つと街はどんどん小さくなっていく。ナマエはというと、ポケモンの背で飛ぶなんて体験が初めてだからか、とても緊張しているようで、アーマーガアを持つ手に力が入っている。その手には鳥肌が立っていて。服を見やれば、ライダースは着ているのだが、かなり薄そうだ。
「……」
オレはコートを貸そうかと思ったが、バイウールーたちを洗った時に着替えを貸そうかと聞いた際に断られたことを思い出し、一瞬だけ躊躇した。
いや、でも、ナマエに風邪をひかせる訳にはいかないぞ。
「ナマエ、寒くないか?」
そう聞いてはいるが、オレの中ではコート着せることは確定だった。
そっとナマエの細いお腹から手を外し、さっとコートを脱ぐ。
一瞬の間のはずだったのにナマエから焦ったように「手を離さないで!」と焦ったような声が飛んでくるものだから、なんだコイツ、めちゃくちゃ可愛いぞなんて思いながら、脱ぎ終わったコートで包み込む。
もちろん腕は通せないから、ナマエの細い身体をくるんで、オレがまたお腹に手をまわす。オレは今日はタートルネックに長ズボンだし、博士になってから雪山に調査もいくから寒いのは慣れてる。
サイズの大きなコートにくるまれたナマエはまるで少女のように可愛いくて、このまま本当に抱きしめたくなる気持ちになんとか蓋をしたのに、今度は彼女のシャンプーの香りとオレが使っている柔軟剤の香りが混ざって香ってくるものだから、堪ったものではない。
やったのは自分の癖に、いつも自爆だ。
『確かにホップ、顔赤いもんね』
なんて指摘された時、オレは恥ずかしくて殻に籠もりたいぞ本当に。
そのあともナマエと可愛らしい言い合いをしながら目的地に向かう。こうやって二人だけの空の散歩なんて、どこぞのお姫様と王子様みたいで…
こんな二人の時間がいつまでも続けばいいのにと心の底から願った。
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