ホップ視点
「先ほど入ってきたニュースです。昨夜未明、今人気の若手俳優のーーさんが殺人未遂の容疑で逮捕されました。被害者は一緒に住んでいた、かの人気女優ナマエさんと言うことです。
ナマエさんは意識不明の重体となっており、警察では…」
最後まで言わせてもらえなかったテレビは、ホップの手にしているリモコンによってブチッと切られてしまった。真っ暗なテレビ画面には白い部屋が反射して写っており、遠くの方からは看護師たちのバタバタという足音が聞こえてくる。
窓から見える外からは柔らかい陽に照らされてココガラたちの楽しそうな鳴き声がする。
それなのに…この部屋はとても静かだ。
ピッピッという無機質な機械音と、シューシューという呼吸器の機械的な音しか聞こえない。時折自分が体勢を変えるときの衣服のスレる音ですらやけに大きく聞こえる程静かだ。
「ナマエ…」
目の前で眠るナマエの手をそっと握れば、その冷たさに、このままナマエが死んでしまうのではないかという錯覚に陥る。
先ほど大がかりな手術を終えたナマエは出血が多かったらしく顔も真っ白で、手術室から出てきた時なんて本当に死んでしまったのではないかと頭を殴られたような気分になった程だ。
ウィーン
後ろから部屋のドアが開く音がし、カツカツと誰か入ってきた。
「ナマエの具合はどうだ?」
「アニキ…」
昨夜、あの場で咄嗟にアニキに電話して正解だった。あの状況で詳しい話なんて出来なかったのに、アニキは電話越しに緊急事態と判断して沢山の警察官をナマエの家まで出動させてくれたのだ。
オレが家を離れてから、アニキが駆り出した警察官が到着するまで、バイウールーとザマゼンタが睨みを効かせていたため、男は目が覚めた後も逃げることはおろか、指一本動かすことも出来ず、駆けつけた警察官に連行されてた言う。
病院での最先端治療を受けれるように手配してくれたのもアニキだ。
「なんとかさっき手術は終わったところだ。今は検査の結果待ちだぞ…」
「そうか…でもまさかこんなことになってるなんて驚いたぜ」
「ごめん、アニキ。巻き込んで」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃない。ナマエくんとは何度かドラマや撮影で会っていたんだが、まさかこんなことになっているなんて気がつかなかったんだ。世間が大騒ぎしてる」
「ナマエの活動休止は突然だったからな」
「あぁ。しかもその理由が、あの男がナマエを世間の目に触れさせたくないとか、仕事で他の男と絡ませたくないから勝手に休止させたんだって言うんだから、世間が大ブーイングだ」
アニキが先ほどオレが切ったテレビのスイッチを再度入れ、チャンネルをまわしていく。どのチャンネルもナマエとあの男のことで話題はもちきりだった。その中の街頭インタビューでアニキはチャンネルを止めた。
[ナマエさんと若手男優のことについてどう思いますか?]
というテロップに
高校生「えー、マジありえないって言うか?ナマエさんと付き合えてただけで幸せなのに、他の女にも手ぇだしてたんでしょ?マジ最悪〜」
20代男性「僕、ナマエさんの大ファンでサイン会とか毎回行ってたんすよ。でも突然休止になってショックで…その理由があの俳優が勝手にでしょ?許せないですね。ナマエさん!(カメラ目線で)僕ずっと待ってるんで!早く元気になってください!」
50代女性「ナマエちゃんねぇ〜。とても可愛らしい子だったのに…頭殴られたんでしょ?お顔に傷とか残らなかったらいいけれど…女の子なのに…早く復帰できると良いわねぇ」
60代男性「ニュースみてビックリしましたよ!しかもあの俳優、とっかえひっかえ自分はしてたんでしょ?というか、それはもう有名な話しでしたよね。よく週刊誌に撮られてましたし。自分はそんななのにナマエちゃんを…同じ男として情けないです。ナマエちゃん!(カメラ目線で)まだ意識が戻らないんだってな!頑張れよ!」
街頭インタビューが終わると、アニキはテレビを切った。
「もう世間の殆どが本当のことを知っている。先ほど、要請した警察官の今回の担当から話は聞いた。あの男はナマエのことは今でも好きなようだ」
その言葉にオレは吐き気がした。
今でも好き…?
普段からあんな仕打ちをしてか?
こうやって殺そうとしてか…?
「あの男は、幼少期にいろんなトラブルがあってね、それが裏目に出てしまった。ナマエにはその一面を出すことが出来たんだろう。だからこそ、あの男は大好きなナマエを心理的に追い込むとで、ここまで追い込めるのは自分だけだという歪んだ快感を得たんだと専門家は言っていた」
「そんな男になんでナマエは別れなかったんだよ…!」
「脅されていたそうだ」
「脅し?」
「あぁ。一応一緒には住んでいたからな。ナマエがシャワーを浴びている写真や泣いている写真を撮って、それを人質に別れたり警察に行ったら即ネットに流すと」
「そんなことって…!」
どこまで最低なんだ…!
「もちろん、ホップのザマゼンタたちが襲いかかったとき、スマホを踏みつぶしていたからデータは全て警察で回収し、削除しておいたそうだ。もちろん、女性の警察官がね」
一旦言葉を切ったアニキがオレの隣に座ってナマエを見つめる。
「ナマエ…」
オレたち三人の間に沈黙が訪れる。
ピーヒョロロ…
外から聞こえる声はとても穏やかで、その声を招き入れるかのようにカーテンが揺れる。この街の中で、ここが一番静かかもしれない。
沈黙を破ったのは再び聞こえたドアの開閉音と、
「今少しよろしいでしょうか?」
主治医の声だった。
ダンデ視点
検査結果が出たようで、その話を聞くためホップが席を立った。オレはと言うとまだ瞼を伏せたままのナマエをじっと見つめた。
初めて会ったのはうちのバーベキューだったか。これから花開く前触れのように幼さの中に秘める美しさがとても興味深かった。あの頃はまだ子役だったが、いずれきっと大物になるんだろうなと漠然と思った。
次に会ったのはホップがジムチャレンジ中の時だ。あのとき、正直(ホップには悪いが)、オレはホップにあまり期待していなかった。いつもオレの後を追って、ボールの投げ方などバトルに関係のないことばかり勉強しているホップに対して、マサルや年齢の割に落ち着いているナマエと比べては落胆していた。
その日、オレは彼女と二人のCM収録だった。以前よりグンと美しくなったナマエにドキッとしなかったと言えば嘘になる。
収録の出番待ちの間、控え室の椅子に座りながら彼女と色んな話をした。オレのポケモンのこと(ドラパルトの頭からドラメシヤが出てきた時に驚いていたのは可愛かった)、ジムチャレンジのこと、それからホップのこと。
ホップの話をした時に、あまり期待していないというニュアンスのことをポロッと言ってしまったのか今になっては定かではないのだが、ナマエに言われた言葉だけは覚えている。
『え?お兄さん、ホップのこと期待してないんですか?今のホップのことを、ちゃんと見てあげてくださいよ。ホップ、沢山悩んで、今じゃ一人前のトレーナーですよ。きっと、トーナメントで勝ち上がると思います』
私バトルしたことないので、詳しいことは分からないですけど、そう笑いながら付け足した彼女は、
『ホップの成長っぷり、足下みてると痛い目にあいますよ』
とウィンクをしながら部屋のドアに手をかける。
『さ、ダンデさん。収録行きますよ。迷子にならないよう、一緒に行きましょう』
この瞬間、オレはナマエのことをただの弟の幼なじみというようには見られなくなった瞬間だった。
そんな彼女だったがホップが想いを寄せているのは知っていたので、特にアピールするようなこともなかった(未成年だったのもあるが)。流石に弟の想い人を取り上げるようなことはしたくない。
これがキバナだったら、まぁ…取り合いはしていただろう。
だがこんなことになるくらいなら、弟に遠慮なんてせず、さっさとオレのものにしてしまっていた方が良かったのではと思ったりもするのだが…
「そんなことあるわけ…!!なぁ、嘘だろ…!?」
静かに横たわるナマエを見つめながら、懐かしい過去の記憶に浸っていたオレは、廊下から響いてきたホップの声に現在に意識を戻される。
普段、声を荒げることのないホップからは想像もつかない程の狼狽えたような声にオレは病室のドアを開けた。
そこには俯いたまま、血が滲む程拳を握らせ、肩を震わせて噛みしめるように俯くホップの姿があった。
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