19.お前なしでどうやって生きたらいいんだ

ホップ視点
静かな病室に入ってきた主治医は少し狼狽えたような声でオレを呼んだ。
手元には沢山の資料やナマエのカルテ等を抱えており、何故だか分からないがオレは生唾を飲み込んだ。

ナマエはアニキに任せて一旦廊下に出る。ナマエの病室は一番奥にあるからか、人の通りは少ない。遠くの方で看護師たちがバタバタ早足に歩いている音がするくらいか。

「ナマエさんの保護者の方は…」
「ナマエの親はナマエが小さい頃に亡くなって、今ナマエが所属してる事務所の社長が代わりに面倒を見ていました」
「そうでしたか…その社長さんは…」

「アニキが連絡したはずです」
「…わかりました。ではアナタにお話しても…えっと、昔ジムチャレンジしていたホップ選手…ですよね?」
「はい。ナマエの幼なじみです」

「では、ホップさん。単刀直入に言いますと、

ナマエさんはこの一ヶ月以内に目が覚めない場合、もう二度と目は覚めません」

オレは頭を殴られたような錯覚に陥った。

「幸い、被っていた帽子がウールーの素材でクッション代わりになってくれたため、一命は取り留めました。もし直で当たっていればと想像すれば…」

ー眠っているのはあのベッドではなく、安置室だったでしょうー
そう言った医師の言葉がグルグルと頭の中を回る。

「なんで…それで、どうして目覚めないかもって話になるんですか?ナマエは今生きてるじゃないか…?」
「治療できる範囲での治療は行いました。ですが、直ではないとはいえ、殴られた時の脳への衝撃があまりに大きかったんです。事実、出血も多く…一命は取り留めましたが、ここから先は…」
そこから先は言葉を聞かずとも明確である。

「…じゃぁ、じゃぁナマエが目覚める確率はどれくらいですか…?」

震えながら問いかけるオレに医師は隣にいた看護師に目を配り、少し考えたような素振りをみせた。この沈黙が、とても長く思えて、思いたくないのに最悪の結末が頭を過ぎる。

すると、今まで一言も発さなかった看護師が言いにくそうに口を開いた。

「ナマエさんは…日常的に暴力を受けていたようです…」
「えっ…」
「病室に戻られた時に、彼女の来ている袖を二の腕辺りまでたくしあげて貰えば分かると思うのですが…」

看護師は話しづらいのかスッと目線を横に流す。

「着替えさせていただくときに見てしまい…同じ女性として、痛々しい程、痣だらけでした。あのレベルの虐待を受け続けていたのだとしたら、普通の人の精神なら崩壊してしまう…」

そういえば…ここ暫くナマエの半袖や足を見たか?
昔は真っ白な肌をよく出していたのに、最近は長袖やパンツ、スカートでもタイツばかり履いていたじゃないか…

それに、あのとき、あの日のシャンプーの時だって…

―オレのTシャツに着替えるか?―
―そのパーカーじゃ暑いだろ?下は流石に貸せないけど、上のシャツなら貸せるそー
―ありがとう。でも私、着替えるほど暑くないから大丈夫。それに、もう少ししたら涼しくなるだろうしー
目を泳がせて、まるでなにかを誤魔化すような雰囲気だったナマエ。

あれは、オレのシャツを借りたら、必然的に痣が見えてしまうから断ったのか…?
てことはあのときナマエを庇うようにして立ったザマゼンタは…
ナマエの怪我を知っていた…?
確かにザマゼンタは人の感情の揺れによく気付くが、ナマエの微妙な心の震えを感じていたのか…

そこから先を引き継ぐように担当医が言葉を続けた。

「そこに加えて、今回の事件だ…ナマエさんの精神が壊れてしまっても何の不思議もないんだ。むしろ、よくここまで耐えてきた程だと思ったよ。

今きっと、ナマエさんは精神の暗い沼の底にいる。そういう所にいるときは楽しかった記憶など全て塗りつぶされてしまい、這い上がりたい気持ちが起きなくなってしまう。そしてそのまま…」


―この現実世界に戻ることをやめ、身体が機能を停止するまで意識をなくしたままになってしまうー


ナマエが、ナマエが二度と起きなくなる…?

「今回の怪我の具合も決して良いとは言えない。現状を全部加味した上での僕たちの判断では、

ナマエさんの意識が戻る可能性は限りなく低いでしょう」


ナマエの声が、二度と聞こえない…?


「嘘だ…嘘だ、そんなの…!」
「ホップさん…」

看護師が口元を抑えて目元を下げながらオレの名前を呼ぶ。

手のひらに自分の爪が食い込み、ガリッと言う音がする。血が滲んだ感覚があるが、そんなもの知ったことか…!
頬を一筋、熱いものが流れた気がするがそんなこと関係ない。

「そんなことあるわけ…!!なぁ、嘘だろ…!?」

思ったより大きな声が出たのか、回りの騒音がピタッと止んだ。

ウィーッ、ガラガラ

ナマエの病室のドアが開ききるのが待ちきれなかったのか、アニキが途中まで開いた扉を素手で無理矢理こじ開けた音がして、大きな手に両肩を掴まれる。

「ホップ…!どうしたんだ…!」
「っ!!」

オレはいたたまれなくなって、アニキの手を振りほどき、ナマエの病室に駆け込んだ。そのまま誰も入ってこないように内側からロックをかける。

アニキが心配したようにドアを軽く叩いたが、すぐに諦めた様子で医師たちと話しを始めた。


ナマエはと言うと、先ほどと何も変わらずベッドに横たわったままで。

オレは眠っているかのようなナマエにゆっくりと近づく。


先ほどと何も変わらない風景。
一歩踏み出す度に、ナマエが目覚めてオレのナマエを呼んでくれるのではないかと思ってしまう。


一歩踏み出す度に駆け巡るナマエの笑顔。


ーあははっ!ホップは嫌だって!!―
バイウールーの毛刈り、誰がやるんだよ。


また一歩。

―ホップの作ったサンドウィッチの方が美味しいー
そんなの、お前のためならいくらだって作ってやるよ。


また一歩。

―えっちょっとホップ、手離さないで…!―
アーマーガアに乗るのに緊張してたお前が可愛くて。


もうナマエには手を伸ばせば触れられる距離まで来てしまった…


―じゃぁ、また明日―
綺麗な月明かりに照らされ、ウール―の三つ編みを揺らしながらニッコリ笑ったナマエ。


ザーザッ
その光景にテレビの砂嵐のようなノイズが走る。

っ…!お前、明日って言ったじゃないか…!

ベッドに横たわるナマエを見れば、夜空に光る月明かりではなく、青空からサンサンと照らす太陽の日差しを浴びているにも関わらず、真っ白なナマエ。その姿に生気は全く感じられず、ただただ規則正しく上下する胸だけが生きていることを語っていた。


―じゃぁ、また明日―


そう笑ったナマエが目の前に見えた気がして、オレは力が抜けて地面に膝を打つ。


「うわぁぁぁぁぁぁ…!」


そのままナマエのベッドに泣き崩れたのだった。




※ 必読に記載している通り、医療のお話での注意点はこちらになります。
こちらの作品では2度と起きなくなる判断目安は1ヶ月としておりますが、本来、植物状態を永続することが多いと考えられる判断期間は、頭部への外傷が原因の場合は1年と言われています。もしご不快な思いをされた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。

★ブラウザバック推奨
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