20.言葉の端々に見え隠れする愛情

ホップ視点
あれから2週間が経った。ナマエは相変わらず眠ったままだ。
オレはというと、研究所でしかできない仕事以外は全てナマエの病室で作業している。あれから気持ちの整理も少しは出来て、今は少しでもナマエの傍にいたいと思っている。少しでもナマエの傍にいて、話しかけて…

今日こそ目が覚めるんじゃないか、今日こそと思いながら近くにいるが、一向に目覚める気配はない。タイムリミットまであと半分を切っていた。

オレはベッドの横にある椅子に腰掛けながら、昼のニュースをみようとテレビをつける。
アニキが広い病室を手配してくれていて良かった。病室はまるでちょっとしたマンションのリビングのようになっており、トイレどころか、キッチンはやソファ、簡単な家電などは全て揃っている。

先ほどキッチンで淹れたコーヒーのうちの1つにミルクを追加してナマエの枕元にある小さなテーブルにコトリと置いた。

「ナマエ、コーヒー入ったぞ。ナマエのにはちゃんとミルクもいれておいた」

そっとナマエの髪を梳きながら呟く。
せっかくの髪も傷んできてしまったな。退院したら毛先だけでもトリートメントだな。

「にしてもお前、先生たちが気を利かせてくれてよかったな。先生たち、お前が仕事復帰したときに困らないよう、手術の時、毛刈るところ、ちゃんと他の毛で隠れるとこにしてくれてたんだぞ…」


[女優ナマエさんが暴行を受けていたことが発覚してから今日で2週間になります。容疑者は容疑を認め、詳しい取り調べを受けているとのことです。街ではナマエさんの復帰を望む声が相次ぎ…]


「ホラ、テレビ観てみろナマエ。今、お前のこと心配してる人、めちゃくちゃ多いんだぞ!…こんなに沢山の人から愛されてるんだから、このままだったらバチ当たるぞ」

ちょっと冗談めかして言ってみるがナマエの反応は変わらずだ。



ナマエの職業は女優だった。幼い頃に両親を亡くしたナマエに目をかけてくれた人が実はローズさんで、ローズさん自身が持っていた芸能事務所に入れたのだった。それからは瞬く間に売れに売れ、人気は劣らず、ガラル中で知らない者はいないくらいだった。

以前ナマエが見上げていた、元カレと浮気相手の巨大看板も、前回まではずっとナマエの看板で、口紅をアピールしたものや、シャンプーのもの、成人してからはお酒や、それから主演を務めるドラマや映画など、更新される度に写真を撮りにいったものだ。

ナマエには絶対言えないのだが、実は家にナマエが出た雑誌やチラシをまとめたファイルと、CMやドラマ等は纏めて録画ディスクを作っている。アニキと共演しているものは、アニキとナマエどちらのフォルダに入れるか悩んだのだが、結局共演フォルダを作ったのだった。アニキとナマエがカップルのような広告やドラマは少々複雑な思いもあったのだが…


ナマエが圧倒的な人気を確実にしたものといえば、何年も前のバラエティ番組だろうとオレは個人的に思っている。


その日オレは仕事をしながらリアルタイムで生放送番組を視聴していた。その番組内でナマエに質問コーナーが組まれたのだ。
実際に質問したい人がスタジオに登場し、ナマエに直接質問しようというコーナーだ。

その時、出てきたのは前髪で顔の半分が隠れた女子高生で、その根暗そうな風貌に観客もスタッフもざわざわとしたのを覚えている。

そんな女の子はおどおどしながらナマエに、
「私…クラスで虐められてて…ナマエさんになりたいです。どうすればナマエさんみたいになれますか…」
と切実に願うかのように問いかけた。

そんな女の子にナマエは目をぱちくりさせたかと思うと、とんでもない発言をしたのだ。

『あなたは私にはなれないよ』

(おまっ…お前、何言ってんだナマエ!?いくらそうだったとしても、それはダメだぞ!)

オレはテレビがナマエかのように、両端を掴んで揺すった気がする。

それはもうスタジオはざわざわどころではなかった。
中断しますか、なんて声までテレビ越しに聞こえてくるくらだから、本当に不味かったのだろう。ディレクターたちが可哀想になった。

でもナマエはそんなことに意を解すわけでもなく淡々と言い切った。

『あなたは、あなた。あなたにしかないものって沢山あると思う。それを殺してまで、私になる必要はないの。誰の目を気にするでもなく、あなた自身のいい所をのばしたらいい』

その言葉に観客もディレクターも静かになった。
もちろんオレも、テレビを揺すっていた手を止めテレビ画面のナマエを食い入るように見つめる。テレビ越しなのだから、オレの言葉なんて届くはずなのに、一人でブツブツとナマエ語りかけていたと思う。

「でも、私自信なくて…」
『それは、あなたが周りからの声を真面目に全部受け入れちゃって、自分自身が見えなくなっちゃってるからだよ』
そうナマエは女の子の肩に手をのせて優しく言った。

『でもまぁ、まずは…』

ナマエは自分が着けていたキラキラと光るピンを外し、その女の子の前髪を斜めに止めたのだ。
暗く見えていた前髪が無くなり、女子高生の顔がハッキリ映る。

『ほら、みて。あなたこんなにも目がぱっちりしてるんだよ?隠しちゃうなんて勿体ないじゃない』
と女の子の顔を覗き込んだ。

『こうやって自分をしっかり見て、あなた自身があなたを好きになれるといいね』

そういった瞬間、女子高生は泣いてしまったのだ。

「ありがとう…ございます…!」

ひとしきり泣き終わった女子高生はスタジオを退出することになったのだが、その時ピンを返そうとした彼女にナマエは『今は返さなくていいよ。それ、あなたへのお守り。頑張ってね』と手を振ったのだ。

オレはテレビの前で呆けたのを今でも覚えている。その後のCMがBGMにしか聞こえなかった程。

あぁ、そうだ、ナマエはこんなやつだった…いつだって誰にだって優しいんだ。
ただの上っ面な女優じゃなく、歯にものを着せないタイプだけど誰より優しい。
オレが好きになったナマエはそういうやつだ。


コンコンッ
ホップがぼんやりニュースを見ながら昔の番組を思い返していると、病室のドアがノックされた。
この時間?面会予定は入ってなかったけど…
不思議に思いながら扉をあけるとそこには、茶色い髪を綺麗に巻き、横にキラキラと光るピンを差した女の子がいた。

とりあえず廊下に出たオレは何から聞いたらいいかと狼狽える。
「えっと…キミは…」
「あ、すみません…!私、ナマエさんのファンでして…!突然お邪魔してしまい、」
「ファンの子がなんでここがわかったんだ?」

今はナマエが大変な時なのに、なんでファンがここにくるんだ?マスコミにもバレないようアニキに手配してもらったはずなのに…スッと自分の中で狼狽えていたのが嘘のように冷静になるのが分かった。
オレは目の前ファンだと自称する女性に訝しな眼差しで見つめる。

「えっと…あの、」
オレの眼光に怯んだのか、女性は口ごもって目線をさ迷わせ始めた。

「私、ナマエさんに直接会いに来たわけじゃなくて…」

直接会いに来たわけじゃない…?

「これを、ナマエさんに…」

カサッと紙袋から出されたのは一冊の本だった。それも、恐らく手作りであろう、綺麗にデコレーションがされてあり、とても時間がかかったことを窺わせる。

「これは?」
「私、もうナマエさんは覚えていないかもしれないですけど…昔、ナマエさんになりたいって本人に言ったことがあって、番組で。その時、すごく勇気をもらって…」

女性はそっと自身がつけてたピンを愛おしそうに撫でた。

「キミ、もしかして、バラエティの…」
「…!そうです、その時の根暗な高校生です…!」

まさかさっきまで自分が思い出していた記憶の中の女の子だと誰が気付くだろう。あんなに重たかった前髪は、かきあげて横に流しアクセントにしてある。服装も大人しめではあるがカバンやアクセサリーをポイントにしていて、派手すぎない服装が彼女の愛嬌のある顔を引き立たせていた。

「ナマエさんに勇気をもらったあと、私なりに頑張ってみたんです…!それで、今は、自分みたいな人が少しでも自信をもってほしくて、美容専門学校に通っています」

ナマエ、お前やっぱすごいぞ…こうやって人の人生変えるんだから。

「私、ナマエさんにお礼を言いたかったんですが、突然の活動休止でファンレターも送れなくて…そしたら今度は意識不明だって聞いて…だから、事務所があるビルに直接持って行ったんです…!最初は門前払いにされちゃいましたけど、そこの社長さんが見かけて、絶対に他言しないことを前提にここを教えてくれて…」

あぁ、あの社長本当なにしてるんだ…

「受け取るかどうするかは、そこにいる人に任せるって言われました」

「……ナマエはまだ、意識が戻らないんだ」
「……知ってます」

オレが放った言葉に、彼女は少し声を震わせる。

「ネットで言われてるの、見てますから…でもこれは、ナマエさんに目覚めてほしいとかそういうのを描いたものじゃないんです…!いえ、そりゃあ、ナマエさんに目覚めてほしいですけど…これは、ナマエさんが目覚めて、復帰を悩んだときに見てほしくて…!」

「………そっか…分かった」
「!!ありがとうございます…!」

「ただし、ナマエの目が覚めて、芸能界に復帰しようと思ったときにしか渡さないけどそれでいいなら、だぞ」
「勿論です…!ありがとうございます…!」

「……それからナマエには、」
「会いません」

オレがこれから言おうとしていた言葉を遮るかのように女性はキッパリと言い切った。

「私は一介のファンです。今のナマエさんはきっと、誰にも姿は見られたくないでしょうから…」
―またナマエさんが元気になってテレビで見られるのを楽しみにしていますー

そう言い、頭を下げて女性は去って行った。


手元に残された分厚い本を持って病室へと戻り、ナマエの隣に置かれた椅子に腰掛けた。
コーヒーは少しぬるくなってしまっただろうか。

先ほど渡された本をパラパラとめくれば、そこにはナマエのポスターの切り抜きや、ドラマのタイトル…その横に書かれたそれぞれの感想が書かれていた。
そして最後には、彼女だけじゃなく、恐らく彼女の友人たちだろう、複数のメッセージ寄せ書きのように沢山綴られている。

これから先はナマエ本人が確認するべきだ、とオレは本をパタンと閉じた。

「良かったな、ナマエ」


今度こそ自分の分のコーヒーを飲もうとしたとき、
ウィーンとまたドアが開いた。

「やぁホップくん。久しぶりだね」
「ローズさん…!」

病室に入ってきたのはナマエの所属する事務所の経営者であるローズさんだった。腕には色とりどりの花束を抱いている。

「ナマエの容態はどうですか?」
「オリーヴさんまで…!」

ローズ委員長は花束を、先ほどホップが置いたコーヒーの横にそっと置いた。その花束は恐らくローズさん自らが選んだのだろう、とても綺麗な色合いに纏められていて、すぐに上質なものだと分かる。

「やはり、まだ目覚めない、か…」

花束を置いたローズさんは、切なげに目を細めた。

ていうか、見舞いに来るの遅すぎるぞっ…!心配じゃなかったのかよっ…!
そう言いかけたオレだったが、

「わたくし達、この子が入院したと聞いた次の日に駆けつけたのですよ」
「そしたら、どこかの青年がナマエの病室に鍵をかけて籠もってしまったので、入れなかったんだ」

グッ…それは…オレだぞ……

「わ、悪かった、んだぞ…」
「まぁ、キミがそうなるのも分からないでもないさ」

「実際、委員長も取り乱していましたしね」

それは言わなくていいですよと委員長は咳払いをするが、目の下にはクマが出来ており、心配したのは本当らしい。

「目覚めるか分からない、か…」
「まるでこうしていると、白雪姫のようですね」

「ナマエ、このままサヨナラだけは勘弁してくださいね」

ローズさんはそっとナマエの前髪を整えてそう呟いたのだった。

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