ナマエ視点
私が意識を取り戻してから数日がたった。どうやら私は1ヶ月ほど意識を失ったままで、あと数時間遅ければ今頃あの世だったらしい。
目覚めた病室はとても広くて、あちらこちらにマグカップに生けられた色とりどりの花たちがお洒落に飾られていた。手入れが良いのか、どれ1つ萎びることなく元気に咲き誇っている。
「この部屋の花は全部、ホップが世話してたんだぜ」
私が枕元に置かれた黄色と紫の花を見つめていると、ちょうど部屋の入り口から声がかかった。
『ダンデさん』
「やぁ。気分はどうだい?」
『まだ眠たい時が多いですけど、それなりに良いと思います』
私は1ヶ月意識がなかったからか、まだ起きている時間より眠っている時間の方が多い。それでも、少しずつ起きていられるようになってきていて、そのタイミングを見計らったかのようにダンデさんは訪ねて来てくれるのだ。
よいしょと身体を起こそうとすると、腕に上手く力が入らず、思わずふらついてしまう。
「おっと…!」
私がバランスを崩す前にダンデさんが支えてくれたので転倒することはなかったのだが、あまりに力強い腕に少々戸惑ってしまう。そんなことも露しらず、ダンデさんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「あまり無理しなくていい。まだ目が覚めてからほんの数日しかたってないんだ」
『すみません…』
「まだ暫くは安静にしておいてくれ。それから、はい、これお土産」
『わぁっ!いつもありがとうございます…!』
そんなダンデさんは来る度に必ずなにかお見舞いだといって、何かを持ってきてくれる。それは小説だったり、私が食べられそうなお菓子だったりと様々だ。ダンデさんが1人でお菓子屋さんにいったりしているところを想像すると可愛らしく思えてきてしまうのだが、どれも私好みのものばかりで色々考えてくれていると思うと嬉しい気持ちでいっぱいだ。
『それにしてもダンデさん、こんなに毎日来て大丈夫なんですか…?いえ、来てくれるのは嬉しいのですが…』
本来ならバトルタワーオーナーとしての仕事やメディアへの出演など、休む暇なんてないくらい忙しいはずなのに…私は心配になってダンデさんの顔をチラリと見上げてみる。すると、ダンデさんは大きな手で私の頭(怪我をしていない辺り)をポンポンと優しく撫でた。
「仕事も最近は落ち着いてきたし、気にしないでくれ。オレが来たくて来てるんだ。それにホップも来てないみたいだし、一人だと何かと不便だろ?」
『……ありがとう、ございます』
世間を騒がすダンデさんに見下ろされながらそんな風に言われて、引き下がらない女の子がいるだろうか…私は本当のお兄さんのようなダンデさんにお礼を言うのが精一杯だった。
そして、気になっていたことをもう1つ。いや、本当は一番気になっていたこと。
『あの…ホップは…ホップは忙しいんでしょうか…』
そう。あの日、私が目覚めた夜からホップは一度も来ていなかったのだ。
あの夜、ひとしきり泣いたホップが落ち着くまではかなり時間がかかったと思う。勿論1ヶ月も幼なじみが目覚めなかったのだから無理もない。その後、0時を過ぎたという電話を出なかったホップの様子を見に来た医師達が、私の目が覚めていることに驚き、奇跡だと泣いて喜んでいた人もいたくらいなのだから、余程深刻な状態だったのだろう。
そのまま私は検査へとベッドごと連れて行かれ、途中でまた眠ってしまい気付けば朝になっていた。その時にはホップはもう居なかった。
それから数日、ホップは一度もここへは訪れていない。
連絡をとろうにも私のスマホはあの日に割れてしまったようで、連絡手段がないままでいた。
「ホップは…そう、だな…」
ダンデさんはチラリと私から目線を逸らしどこか別の方を見やる。そんなに言いにくい程忙しいのだろうか…
「今、仕事が立て込んでるみたいなんだ」
『そうなんですね…』
少し残念な気持ちではあるが、聞くところによると1ヶ月間欠かすことなく私のもとに通ってくれていたらしいのだから、仕事も溜まっているのだろう。
そうは分かっていても、私の顔が暗いのを察したのかダンデさんはちょっといたずらっ子のように笑った。
「その代わり、オレがいるじゃないか…!それともキミにはオレじゃ役不足かな?」
『そんなことないです!』
あのダンデさんを前にして役不足なんて言える人は絶対にいないと思う。いや、本音を言えばホップに会いたい気持ちが強いけれど…それでも私は慌てたように首を横に振った。
「それは良かった。何か困ったことがあれば何でも言うと良い。それこそ、何でも、だ」
その念押しには色んな意味が含まれているのが分からない程私は鈍感ではない。決して口には出さないけれど、ダンデさんはダンデさんなりに心配してくれていたのだろう。
『…はい。ありがとうございます』
素直に頷いた私にダンデさんは満足気に私の頭にまた手を置いた。
「約束だぜ」
その時、ウィーンと病室のドアが開き、カラカラと何かを押す音が入ってきた。
「ナマエさーん、採血の時間ですよ〜。起きてますか?って、あら、ダンデさん」
「お邪魔してます」
看護師さんが音と共に、小さなワゴンを押してきた。ワゴンの上には沢山のキットや管などが並べられていて、その数を見るに暫く時間がかかりそうだ。
「ナマエ、オレは外で待ってるから何かあったら呼んでくれ」
そう私に気を遣い部屋を出ようとしたダンデさんに私は声をかける。
『ダンデさん、かなり時間、かかりそうなので今日はもう大丈夫ですよ。きっと採血終わったら寝ちゃうかもしれないですし…』
「…分かった。また明日来るぜ」
『あ、待ってください…!』
笑って部屋を出ようとしたダンデさんを私はまた呼び止めた。連絡手段がないのだから、ダンデさんに頼むしかない。
『ホップに、一ヶ月ずっと来てくれてありがとう、と、仕事頑張ってねって伝えてて貰えませんか…?』
ダンデさんは一瞬何か考える素振りを見せた後、
「分かった。伝えておくぜ」
と今度こそ部屋を出て行った。
ダンデ視点
閉まっていくドアの向こうで、
「消毒しますね〜」
と採血をする看護師の声が聞こえた。あんなに細く、色の白い腕から血を抜くのだと思うと少々心配になる。貧血になったりはしないのだろうか…いや、そこは医療のプロが行うのだから心配するところではないのだが。
さてと。
ドアが閉まったのを確認し、ドアの横でもたれかかっている青年を見やる。
「いつまでも盗み聞きは良くないぞ、ホップ。いい加減にナマエに会ったらどうだ」
毎日オレと一緒に病院に来ては、病室の前で部屋から漏れてくる声だけを聞いている弟。
ここの医師や看護師はホップのことを知っているから何も言わないが、同じフロアの患者から不審者のような目で見られているのを気付いていないのだろうか…
「……」
黙って目線を逸らすホップにオレは軽くため息を吐きながら、
「昼ご飯でも食べよう」
と促すのであった。
病院を抜け、もうすっかり春の中頃になってしまったワイルドエリアまでやってきた。ぽかぽかと陽が差すワイルドエリアはとても天気が良く、つい1.2ヶ月前まで雪が降っていたなんて考えられないくらいだ。所々に見える桜の木も、今では葉が目立つようになってきている。
オレとホップの手持ちポケモンたちを出すと、彼らはとても嬉しそうに遊び始めた。
「で、ホップは何をそんなに悩んでるんだ?」
オレは大きなカレー鍋に水を注ぎながら、目の前で俯き加減で立っているホップに話しかけた。
ポケモンが9匹に大人が2人だと、かなりの量が必要だな。
「なぜお前がナマエに会いに行かないか不思議だったんだぜ。あのお土産の本だって、お菓子だってホップが選んだんじゃないか」
選びに行くのも一緒に行くのに、どうして直接渡さないのか。あんなにナマエの意識回復を願っていたのは他でもないホップだったはずだ。
「このままナマエに会わないつもりか?」
オレが砕いた木の実を鍋に流し込みながら問いかけると、黙っていたホップは言いにくそうに口を開いた。
「オレだってナマエに会いたいぞ…でも…」
「でも、なんだ」
「今会うと、オレ、アイツに怒っちゃいそうで…」
カレーに具材を入れながら、ホップをチラリと見る。
そのホップが目線を左へ逸らしてポツポツと話している様子は、自分の考えがおかしいのではないか、オレに叱られるのではないかと怯えているようにも見えた。
「なんで、こうなる前に話してくれなかったんだって…いや、オレが気付かなかったのも悪いって分かってるんだぞ。それでも、オレたちの仲なのにって…」
ふむ。とオレは大きなお玉でカレーをかき混ぜながら1人頭の中で頷いた。
なるほどな。
ホップはナマエに裏切られたような気持ちになっているワケか…勿論ナマエが裏切ったりはしていない。
ただ、ホップがそう感じてしまっているだけだが、ホップからすれば何でも話せる幼なじみという関係でいたはずなのに、こんな事件になるまで隠されていたことがショックだったのだろう。ずっと何でも話せるという気持ちでいたのは自分だけだったのか、と。
「その話、直接ナマエにしたらどうだ?」
「は!?」
ネガティブ思考になっていく弟に横やりをいれてみる。きっとこのまま聞いていても埒があかないからな。ホップが一度悩むととことん悩んでしまうのは、昔からよく知っている。
カレーからはとても良い匂いがしてきた。
「アニキ、こんな話…」
「今しないでどうするんだ?今会わないと、きっとお前はこれから先、ナマエが退院した後も合わないと思うぜ」
「…そんなこと、」
「例え会えたとしても、一度そんな気持ちを抱えてしまったままじゃ今までの関係に戻るのは無理だ」
「……」
「幼なじみだろう。お前がこのまま何も言わず我慢して過ごすのならそれでもいいが、それだとお前もナマエに[なんでも話せ]なんて言えないぜ」
「…それは…」
まだ何かを悩んでいるホップに、兄としてしっかりしろと尻を叩きたくなったが、そんな弟にオレは最後の言葉を投げかける。これでホップが会わないと言うのなら、ナマエの面倒はこれからずっとオレが見よう。
色んな思いを真心として込めてカレーを仕上げていく。
「それに…ナマエは待ってる。お前が来るのを」
さっきも聞こえてただろう?
「ナマエはまだ起きたばかりで戸惑ってる。そんなとき、隣に居るのがお前じゃなくてもいいのか?」
「アニキ…」
ようやく顔をあげたホップに太陽の光が当たって、先ほどまでよりは少しばかり表情が明るく見えた。
「ナマエに、今ホップが思っていることを伝えればいい。ナマエに負担をかけない程度に。もっとも、ナマエはお前からの話でくたびれる子ではないと思うけどな」
オレがそう言ったと同時にボフンと鍋から良い香りが漂ってきて、周りで遊んでいたポケモンたちが目を輝かせて駆け寄ってくる。どうやらカレーが出来たようだ。
「さぁ、カレーが出来たぜ。これ食べたらナマエのところに戻るといい」
たんまりと盛り付けたカレー皿をホップに渡し、ポケモンたちの分も盛り付ける。
それから全員に配っていると後ろから、
「アニキ!これ辛すぎるぞっ!!」
今日一番元気なホップの声がした。
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