02.まだオレがついてなきゃダメだな

ホップ視点
寒い夜風を顔に受けつつ待ち合わせ場所まで歩きながら向かうと、まだ待ち合わせ時間まで10分以上あると言うのにナマエはもう待っていた。キャップに、前があけられたオーバーサイズのチェスターコート、その中から黄色のカーディガンとスキニーパンツ姿が覗いている。

服を纏った本人はどこか遠くの方をぼんやりしたように眺めていて、その姿が妙に苦しくなり、距離があるのに思わず「ナマエ!」と叫んでしまった。

遠くから呼ばれたナマエはハッと気がつき、

『ホップーー…!!!!』

オレを見るやいなや、抱きつかんばかりの勢いでオレの元へ走ってきた。

「ナマエ、結構早く着いてたんだな」
『うん、家に居たくなくて飛び出しちゃってたから』

自分を見上げる彼女の綺麗な銀髪が街灯に照らされ、きらっと輝く。その下には愛嬌のある大きな瞳や、美しさを際立たせるように細い手足。
大人になったナマエは誰もが認める美女になっていて、道を行く人全てが振り返ると言っても過言ではない。

そんな彼女の身体は、あの電話のあとからずっと外で待っていたのだろうか、とても寒そうで、「とりあえず中に入ろう」と店内へ促した。




店内は、広いわけでもないが狭いわけでもないが、クラシックでお洒落な内装だ。オレンジを基調とした照明は、良い具合に落とされ、テーブルの上にはランタンのようなランプが置かれている。
薄暗いと言うよりは、暖かみのある空間として演出されているようだ。

この店にはナマエとしょっちゅう訪れるため、マスターとはとても仲が良い。マスターは初老の紳士で、お店が貸し切り状態のときは、マスターを含め3人で閉店時間まで話し込んだことだってある程だ。


そんなバーの店内は、今日はとても混んでいた。いつも座る奥のテーブルも埋まっており、空いていたのはカウンターのみ。

カウンターもちょうど二人分しかあいておらず、その両側はカップルと太ったおじさんが座っており、ナマエとオレの席はくっつくかのように詰めて並べられていた。

オレは迷わずカップル側にナマエを促し、自分はおじさん側に座る。
入店したときから、この人がナマエを見ていて、スマホを向けていたのを知っているのだ。
自分が壁になるよう座った瞬間、隣から小さな舌打ちが聞こえたような気がした。



「いらっしゃいませ」
カウンター越しにマスターがおしぼりを差し出しながら、声をかけてきた。
『こんばんは、マスター!』
「こんばんは。マスター、今日はかなり混んでるんですね」
「そうなんですよ。今日は団体のお客様がいて…もう暫くしたら空くと思うので、
空いたらいつものテーブル席、すぐ片付けますね」
『ありがとうございます』

「さて、ご注文は何になさいますか?」



ダンッッ
『ほんっっとうにアイツあり得ないんだから…!』
いきなりウイスキーのストレート(しかもダブルで)を一気に飲み干したナマエはグラスを強めにテーブルに置いた。

突然の飲みっぷりに流石のオレも呆気にとられて、グラスを口につけたままフリーズする。今の飲み方から、ナマエのストレスの本気を垣間見た気がして、この後繰り出される話に心の準備をする。

「お、おい…流石に一発目からストレートで一気飲みはマズイと思うぞ…」

取り敢えず注意したオレの言葉も聞こえてないのか、ナマエは『聞いて!ホップ!!』
と話を続けた。

「聞くのは聞くけど、あんま飲み過ぎるなよ…」
そう溢したオレの言葉は果たしてナマエの耳に届いたのだろうか…

『今日、ちょっと私が用事で半日くらい家を空けてたら、あいつ、珍しく家に帰ってきたみたいだったの。』
ナマエはそう話を切り出した。


ナマエは今、オレが言うのもなんだが、ダメ男と一緒に住んでいる。

超イケメンだから、とにかくモテて放っておいても女が寄ってくるし、彼自身もそれを上手く手に乗せては転がし、とっかえひっかえ女の子と毎日遊び回っており、家に帰ってくるのも珍しいほどだ。かといってナマエと別れたいのかと言えば、そうではないらしい。

ナマエと付き合う前、彼は物凄いアプローチをかけ、ナマエのYESにとても喜んでいたらしい。
だがナマエが、女をとっかえひっかえしてることに気がつき、別れたいと言ったら、
[もう一度チャンスがほしいから、別れないでくれ]と泣きついたのだ。

その後はナマエを自分の家に住まわせて、勝手にナマエの家を引き払い、同棲と言う形まで作り上げた。

ことの流れを逐一聞かされているホップだが、その度に過去にこんなダメな男なんていただろうかと思うくらい酷いものである。

こんなやつのどこがいいんだと何度も言ったのだが、
ナマエは困ったように笑うだけなのだ。

なんだかんだで別れられないまま、
ここまで来ているナマエは本当はどう思っているのか…

オレとしては、さっさと別れてほしいという気持ちしかないのだが、彼女に情が残っている以上、どうすることも出来ない…
彼女がそうしたいと言うのであればオレにはもうどうしようにもないのだ。


だからこそ、こうやって彼女の傍で話を聞いてやることを彼女が望むのであれば、それが今のオレにとって出来る最善策だと言い聞かせてのだった。


いつかもし彼女が助けて欲しいと手を伸ばした時、掴めるように…

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