03.愛ではないのに悲しくて

ナマエ視点
ホップに聞いてもらいたい話の内容なので、
ホップ出番ないです…



思ってたよりも、帰るのが遅くなっちゃったな。そう思いながらナマエは帰路である坂道をゆっくりと登る。
まぁ、帰るのが遅くなったとしても誰も待ってる人なんかいないんだけど、そう自嘲しながら遠くに家が見えてきた。

(え?電気ついてる…)

私、電気つけっぱなしだったかな、と家を出たときの行動を振り返っていたら玄関の前に辿り着いた。

玄関から家を見上げれば、彼の部屋の電気まで点いている。

(そっか…彼、今日は帰ってきてるんだ…)

心の中で呟く。ドアを開けたくなくて、でも開けなきゃいけなくて…気持ちがどんどん暗くなっていく。


正直、彼にもう愛情なんて残っていない。確かに最初はとても仲良し美男美女カップルだと言われてきた。

それでも浮気癖発覚後からはもうめちゃめちゃだった。
浮気癖治すから別れないで欲しいと言われたがその兆しは未だに見えない。
ここに私が住んでからも彼の女遊びは止らず、家に帰ってくることも少ない。

帰ってきたとしても、私と彼の部屋は別だ。女遊びをしているような人とは一緒に寝たくない。そう拒否をした私はここ暫く、ずっと一人で寝ているのだ。

仕事も休職させられ、済んでいた家も勝手に解約させられたナマエにとって、ここ以外に帰るところなんてないのもある。

だが、もしそれらが解決したからといって、彼が異常にナマエに執着し続ける限り、ナマエは彼をばっさり切り捨てることはできない。

それが愛情ではなくただの情だとか、いろいろな事情で繋ぎ止められているだけだなんてナマエ自身分かっていた。



『ただいまー』
外の暗さから逃れるように家のドアを開け、そのまま滑り込む。

先ほどまでの思考を断ち切るようにドアを閉め、振り返ったナマエは自分の頭から血の気がひいていくのが分かった。

(彼のブーツと…女物のハイヒール……)

まるで高いところから突き落とされたような気分になった。

女遊びをしていたのは知っている。それでほぼ毎日帰らないことも重々知っている。それでも、今のナマエに実害はないからと言い聞かせてこの家で過ごしていたのだ。それが、ここにハイヒールがあるって…

今にも泣き出したい気持ちになるのをこらえて、グッと顔をあげたと同時に浴室のドアが開き、バスタオル一枚の彼が出てきた。

「なんだ、ナマエ、帰ってたのか」
『そうだね。ここに帰ってこいって言ったの、アナタだから。それより、このヒール、何?』

へらへらして出てきた彼に、説明を求めたとき、別の方から声がした。

「あ〜!ナマエさんだぁ〜!こんばんわぁ」

誰?
その間延びしたような甘ったるい声の持ち主は、彼の寝室からキャミソール一枚で出てきた。乱れた髪を今結びましたと言うような黒い三つ編、垂れ目にポッテリと遠目で見ても分かる唇、男ウケの良さそうなむっちりした身体に、キャミソールから強調させる谷間…いわゆるロリ系のあざとい系女子。

「やっぱ綺麗だなぁ〜」

口ではそう言っているものの、顔はいやらしいくらいニヤニヤしている。
耳障りな間延びした声を無視して彼に再度問い詰める。

『どういうこと?』
「いや〜、いつも行ってるホテルが満室でさ〜、どうしようかな〜って思って着替え取りに帰ったら、お前いなかったから。今日くらいウチでいいかって思って?魔が差した?的な?あ、でもお前の部屋にはドアノブにすら触れてないから安心しろよ」

彼はというと、まだヘラヘラ笑ったまま、なんの悪びれもなく答えた。
あまりにも酷い考えにナマエは絶句する。

「あ〜でも、さっきホテルキャンセルでたって連絡きたから、俺達は今からそっち行くからさ」
「もう少しで出て行くんでぇ、ちょっと待っててくれますかぁ?」

何だこれは…頭の中がぐにゃりと歪み、二人の声が悪魔のように聞こえる。
二人の笑い声が、自分への嘲りに聞こえ、気がついたらナマエは家を飛び出していた。



悔しい悔しい…悔しい…!!なんでなの…!こんなはずじゃなかった…!私は一体何なの…!?家事も何もかもやってくれる家政婦!?アクセサリー!?こんなに傷つけられてるのに、何で更に傷つけられなきゃいけないの…!

先ほど上ってきた坂を今度は転がるように駆け下りる。 
視界が滲んだような気気がして。

泣くな私…!あんなやつのために泣くなんて、勿体ない…!

唇を噛みしめ、爪が食い込むのではないかと思うほど、拳を強く握った。



どれくらい走っただろうか…
気がつけば駅の前まで来ていた。

心の中はまだぐちゃぐちゃだ。今は家に帰りたくない。例えあの二人がホテルに行ったとしても、あの空間が気持ち悪すぎて今の精神じゃ到底帰れそうもなかった。そして何より、誰かに側に居て欲しかった。

すぐに頭に過ぎったのは幼なじみのホップで。
駅にあった時計を見れば19時だった。
この時間ならホップの研究も終わってる頃かな…

『ヘイ、ロトム』

ポケットの中でじっとしていたロトムがふわっとナマエの前まで浮かんできたが、その顔はとても悲しそうで目尻が下がっていた。

『ロトム、今私、そんな感じの顔してる?』

優しく尋ねるとロトムはふよふよと暫く考えたあと、笑顔になった。
ちょっと困ったように笑っているのは気のせいだと思いたい。

『ホップに電話してくれる?』

主人のその声にロトムは「了解ロト!」と呼び出しを始めた。

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