ホップ視点
店に来てどれくらいがたっただろうか。周りを見回せば、ほとんどのお客さんが居なくなっていて、残っている人たちもそろそろ帰ろうかという雰囲気である。
マスターはというと、こちらの雰囲気を察してくれたのか、いつものテーブル席が空いても声はかけてこなかった。
ナマエはかなり出来上がっており、今にも寝そうな顔で、ポケモンたちの話をしている。
カウンターに置かれた暖色カラーのランタン型ランプが、ほんのり赤いナマエの顔を照らしていて、不謹慎にも可愛いと思ってしまうのはオレだけではないと思う。
そのナマエはオレに全部話したからか、ダメ男達への怒りはかなり治まったようだ。
その代わりにオレの怒りが爆発しそうなのだが。
聞いた話は散々だった。
あまりにも酷すぎた。
それを話しているナマエは、「本当なんなの!?」と勢いよく話していたが、ずっとナマエを見てきたオレからすると、あえて元気なように話しているなんて丸わかりだぞ。
ダメ男は、ナマエに本当に執着している。それも一周回って異常だった。ナマエが悲しむことでアイツは快感を得るのだ。そんな人間とまともに過ごせるわけなんかないんだ。
オレだったら絶対にそんなことしないのに…
なんでソイツなんだ…
早く別れてくれよ…
だが、彼女が別れたところでオレのところに来てくれる訳ではない。
どうせまたどこかの誰かがナマエをかっさらって行くんだろ?
もしソイツとナマエが結婚なんかしたら、きっと今のように会うことすらままならなくなるのか…?
となると、オレにとっては今の方が…
そう頭を過ぎった瞬間、ハッとしたホップは思考を断ち切るように頭を振った。
何考えてんだ、オレ…
ナマエを支えるって決めたんだろ?
何考えてんだよ、オレ…
こんな考え辞めようと自分の頬を叩いた瞬間、バタンと隣で音がした。
横を見やるとナマエが力尽きたのか、カウンターに突っ伏してしまっていて、耳を寄せれば寝息が聞こえる。
そっと顔にかかった髪をのけると、あどけない寝顔が見えた。
「何だよ、ナマエ。お前、子供みたいだぞ」
思わず笑いながら呟いた。
先ほどまでの黒い感情は、その寝顔で一気に吹き飛んだのだった。
マスターに視線を寄越しながら指でバツを作る。
マスターはナマエをみて微笑みながら伝票を持ってきた。
「ナマエさん、今日はやけに飲んでましたねぇ、提供していいのか悩んだくらい」
「すみません、今日は色々あったみたいで…止めない方がいいと思い、飲ませてしまいました」
「そうでしたか。そういうときはパァツと飲んで忘れてしまった方がいいです」
お会計をしながらホップはナマエに自分のマフラーを巻き付ける。
「で、ホップさん。ナマエさん起こしますか?」
「いえ、このまま負ぶって帰りますよ」
ナマエ、オレでも簡単に持ち上がるほど軽いんで、そう言いながらホップはナマエとカウンターの隙間き自分の身体を潜り込ませ、よいしょっと立ち上がる。
マスターも近くにあったグラスなどをさっと除けながら、ほほえましい目でこちらを見つめている。
こんなに見つめられると少し照れるぞ…
「ナマエ〜、このまま帰るから、おれの首に手、回しておいてくれよ?…って聞こえてないか…」
全く返事のないナマエに苦笑いをしながら頬を掻いていたが、そういえばと手を止めた。
「マスター、お願いしてもいいですか?」
「なんでしょう」
「オレのポケットに手袋があるんで、とってもらえます?」
自分のコートのポケットに視線をやると、マスターはすんなりとネイビーにウールーのアップリケがついた手袋を取り出した。
「ホップさんにつけますね」
ホップの片手につけようと手を伸ばしたマスターを呼び止める。
「いえ、違うんです」
「違うとは?」
「オレじゃなくてナマエの手につけてくれませんか。ナマエ、冷え性で指先冷たくなるんで」
「そうでしたか。分かりました」
納得したマスターが、失礼しますね、とナマエの手には少し大きいホップの手袋をはめた。
「出来ましたよ」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
ナマエを背負っているからお辞儀は出来ないが頭だけ軽く下げると、マスターがニコニコと物言いたそうにしている。
「?どうかしました?」
「いえ、ね。ホップさんがあまりにもナマエさんのことを分かっていらっしゃって…まるでお父さんかお母さんみたいだなと思いまして…」
心温まるものを見せていただきました、と頭を下げる。
「仲良しなことはいいことですよ。また是非いらしてくださいね」
「分かりました。ありがとうござます」
店からでると、とても月が綺麗な夜だった。
月明かりが道を照らし、街灯など必要なさそうだ。
ナマエの顔が自分の首元にある。香ってくるのは彼女のシャンプーの香り。お気に入りだと言って、何年も前から使っているものだ。
規則正しい息遣いを感じながら、ホップは街灯のいらなさそうな月夜の下を歩いて行く。
背中に伝わるぬくもりはとても心地良く、このままずっと歩いていたい気持ちになった。
「オレはお前の保護者じゃ、ないんだけどな…」
そうポツリと呟いたホップは、とても切ない笑いを浮かべていた。
今から自分の足でナマエを、あの男の家に送るのかと思うと、身が引き裂かれるようで…
このまま連れ去ってしまいたいと思うが、きっとナマエは喜ばないだろう。
保護者になんて絶対になりたくなかったが、もし自分が保護者だったらナマエを無理矢理別れさせることができたのだろうか。
沢山の想いが胸の中をかけずり回るが結局は家に向かって歩いて行くしかなかったのだった。
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