07.その口から紡がれる好きだけで胸が詰まる

ホップ視点
『バイウールーー!!いくよー!!』
「メェェェェ!」

ホースの準備が出来るまで、ポケモン達はナマエに遊んで貰っている。

特にバイウールーは小さかった頃からナマエと一緒に遊んできたこともあり彼女のことが大好きで、ナマエが来た日には必ずポケボールで遊ぼうとナマエに渡しにいくのだ。

それどころか、他の人には絶対やらせない体毛刈りだってナマエにだけは喜んで背中を差し出す程で、主人であるホップとしては複雑な心境でもあるが、二人が楽しんでいる姿を見れば癒やされるので今のところ文句を言ったことはない。

他のポケモンたちもナマエには懐いていて、シャンプーや拭き取りなどしっかりやらせてくれるのはホップの他にはナマエしかおらず、ホップとしても、彼らを洗う時はナマエがいてくれると大助かりなのだ。

ナマエにとってもホップのポケモンたちとの触れあいはとても良い気分転換になるらしく、誘えば必ずと言って良いほどやってくる。


「おーい、準備できたぞー」

ポケボールで遊んでいたナマエにバリカンを持って歩み寄ると、
バイウールーが何かを察したのかボールをオレの手に押しつけ、代わりにバリカンを口にくわえる。

そしてそのままバリカンをナマエの手に押しつけた。

『ふふふっ、ありがと!!毛刈っちゃってもいい?』
「ぐめ」
バイウールーは承知したというように短く鳴いてその場でじっと待機し始めた。

「はははっ、バイウールーはナマエが大好きなんだな!!」
「ぐめっ!!」
『昔っからの付合いだもんねぇ〜!私も大好きだよ〜』
「メェェェェ♪」

ナマエから出た好きと言う単語に反応したのはバイウールーだけではなかった。

いいなぁ、バイウールーは…ナマエに好きって言ってもらえて…
ぼんやりとナマエとバイウールーを眺めるれば、二人はとても楽しそうで。

『バイウールーこんなに毛がもこもこになってたんだね』
「メェェ」
『分かった分かった!ちゃんと刈るよ』

嬉しそうなバイウールーに、はしゃぐナマエ。自分の大切なもの同士が、こんなに幸せそうな笑顔を浮かべ合っていることに胸がじんわり温かくなった。

「よーし!オレもやるぞ!」
『ホップには刈らせてくれないじゃん』
「オレにもやらせてくれ!バイウールー!」
「メッ」
『あははっ、ホップは嫌だって!!』
「なんでだよ〜…」



「さぁ、全員一列に並ぶんだぞ!!」
『水かけるよ〜!』
ナマエが声をかけると同時に蛇口をひねる。

ホースからは大量の水が流れ出し、それをポケモンたちにかけていく。オレはと言うと、泡立てた大量のシャンプーでポケモン達を洗っていくのが担当。アーマーガアやカビゴン、ザマゼンタは大きいため、これが割と力仕事なのだ。

一通り水をかけ終わったナマエは、そのまま比較的身体の小さなバイウールーとバチンウニを洗い始めた。

『まずはバチンウニからね〜』

バチンウニを膝に乗せてトゲを一本一本丁寧に拭いていく。バチンウニはくすぐったいのか身体を震わせて笑っていた。
その姿は赤ちゃんをあやす母親のようで。

ナマエと結婚したらこんな感じなのか…と見ほれていたら、
ガシャガシャという音と共に沢山の水滴が飛んできた。

「わー!アーマーガア!じっとしてろって!!ぶるぶるするなよ〜!」

アーマーガアがよそ見するなとばかりに身体を震わせたのだ。

「分かった分かった、ちゃんと磨くから」
「ガァ!」
分かったらよろしいとでも言っているように胸を張ったアーマーガアは大人しくその場に屈んだ。

見惚れてないでさっさとしろってことか…

とりあえず大きな身体全体にシャンプーを撒いていると、隣からカビゴンの笑い声(?いや、これは鳴きというべきか?)してきて、じろりと目線をやれば、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべたカビゴンがいた。

その横でザマゼンタが大人しく何かを見つめていて、その目線の先を見れば、バイウールーに泡をつけ始めたナマエの姿だった。

『バイウールー!あんなにもこもこだったのに、水に濡れるとぺったんこだね!』
「メェェェェ」
『シャンプーでどれくらいまでもこもこになれるか試してみようか!』
「ぐめっ♪」

ナマエはそれはもう楽しそうにバイウールーで遊んでいる。バイウールーもまんざらではないようで、むしろとても喜んでいるようだった。

「ザマゼンタ、ナマエのこと見てたのか?」
「クゥン」

ザマゼンタは短く鳴きながらオレを見た。その瞳はどこか切ない色を帯びていた気がして、「どうしたんだ?」と尋ねたが、その後ザマゼンタは何も言わずただただナマエを姿を見つめているのであった。



ようやく全員のシャンプーを終え、あとは乾かしてブラッシングのみになったお昼過ぎ…
日は一番高いところまで昇っていて、手の甲で額を拭えば汗が沢山ついてきた。

ズボンの裾もシャンプーなどで濡れ、水をすってずっしりと重くなっている。ナマエは大丈夫かと顔を上げると、

『ふー、二人とも偉かったねぇ。あと乾かすだけだから、頑張ろうね〜』

なんて良いながら髪の毛を束ねていた。

ナマエの髪の毛を束ねようとする姿に思わず目線をそらした。何も悪いことはしていないのに、首筋に光る汗とうなじがとても色っぽくて見てはいけないものを見た気分だ。ナマエが髪をくくる瞬間はそう多くなかったからなのか…

『ホップ』
「うわぁっ!」

突然名前を呼ばれ、顔を戻すと自分のすぐ下にナマエの顔があって変な声を出してしまった。

『?どうしたの?』
「い、いや、何もないぞ…!」
『???そう…』

「それより、ど、どうしたんだ?」
『そろそろバイウールーたち拭いちゃうから吸収性の良いタオルを借りようと思って』
「わ、分かった。玄関の前に置いてあるから好きに使っていいぞ」

『了解〜。にしても、今日本当に暑いねぇ〜…ホップがキャップ貸してくれてよかった』

そう言いながら顔の周りを手で扇ぐナマエの服装はジーンズに長袖パーカー。
オレ自身Tシャツで暑いのだからナマエはもっと暑いのだろう、滅多に汗をかかないのに今は顔にまで汗が光っていた。

長袖パーカーの袖は折ってあるのだが、肘下くらいまでしか上がっていない。
それより先はあがらないのかはホップには分からなかったが、折り返した素材を見る感じ裏起毛で、これは袖をまくったから涼しくなるとかではないだろう。

「ナマエ」
『うん?』

「オレのTシャツに着替えるか?」
『え?』

「そのパーカーじゃ暑いだろ?下は流石に貸せないけど、上のシャツなら貸せるぞ」

そう提案するとナマエは目線を泳がせた。

何をそんなに悩むことがあるんだ?
そんなにオレのTシャツが嫌なのか!?
オレまだ加齢臭とかしてないよな!?
サイズがでかいからか!?

『ホップ』

オレの思考を遮るようにナマエが口を開いた。その声音は少し震えていて…この目を泳がせて声を震わす感じ、知ってるぞ。お前が嘘を吐くときだ。

『ありがとう。でも私、着替えるほど暑くないから大丈夫。それに、もう少ししたら涼しくなるだろうし』

―着替えるほど暑くない?何言ってるんだ?そんなに汗掻いておいて…

―もう少ししたら涼しくなる?まだ昼を少し過ぎたくらいだぞ?…

―そんなに嫌かよ…

返す言葉が見当たらず、オレ自身も口ごもっていたら、オレとナマエの間に赤と青が割って入ってきた。

「ウルゥード」
『ザマゼンタ…』
「ウルゥード」

「なんだ?」
あえてオレとナマエの間に入ったザマゼンタはオレをちらっと見るとナマエの方を向いて座ったのだ。

『ザマゼンタ……』
「クゥン…」

そのままザマゼンタはナマエの額に自分の顔を押し当てた。ナマエはと言うと、ザマゼンタを優しく撫でながら、『大丈夫。大丈夫だよ、ザマゼンタ。ありがとね』と呟いている。

時間にしてはほんの数秒だったのだろうが、オレからすると疑問符だらけだ。
ナマエが撫でるのをやめると、ザマゼンタは座ったままナマエとオレの顔を見比べはじめた。

『ううん、大丈夫。心配しないで』
困ったようにナマエが笑えばザマゼンタは少し俯いて何かを考えた後、オレのシャツの袖を噛んだ。

「え!?なんだよ、ザマゼンタ…!?」

そのままオレを引きずるようにして、ザマゼンタはオレをアーマーガアたちの元へと連れて帰ったのだ。

『ホップ、早く皆を拭いて!だって』
後ろから笑いを含めたような元気な声が聞こえた。


ー夕方ー
『今度ね、』

ポケモンたちを拭きあげた後はブラッシングだ。とはいえ、アーマーガアやバチンウニのように毛がないポケモンや、ザマゼンタのようにブラッシングがすぐに終わった三匹はもう自由タイムなのだが…

ナマエはバイウールーの毛並みに細かくブラシをあてながら、ホップに話しかけた。

『今度の休みの日にね、彼がテーマパークに連れて行ってくれるんだって。ついさっき入園券買ったって連絡きてた』

その一言にホップはカビゴンに当てていたブラシの動作を止めた。
「……...そっか、ナマエ行きたがってたもんな」

『うん…そうなんだけどね…』
(この間の自宅連れ込み事件のあと、ゴマすりのようにメールしてきて、さっきの入園券とったっていうメールだって昨夜のごまかしみたいだったとは言えないな…)

そんなことを考えているナマエとは真逆に、
「今度はちゃんと連れて行ってくれるといいな!」
とホップは笑顔を作って言い切った。


嘘だよ。本当は行くなよって言いたい。
行っても楽しくないって行ってたじゃんか。

お前、アクセサリー代わりにされてるのも、お前の情に付け入ってるの、分かってるじゃん。

いい加減スッパリ切れよ。


『ホップは、優しいよね』
突然の話の切り替わりに、ホップはキョトンとした。

『いつも私のために色々してくれるよね』
バイウールー、気持ちいい?なんてバイウールーに話しかけながらナマエは話を続ける。
『凄く優しいなぁって思って』

お前だから、だぞ。

『なんでこんなに優しいのに、彼女、作らないの?』


この台詞には流石のホップも言葉がでなかった。
一瞬だけオレの周りの時が止ったような錯覚に陥る。
それを、お前が言うのか…?

『こんなに優しくて、頭も良くて、背も高くて…なんで彼女、作ってはすぐ別れてってしちゃうのかな〜って思ったの』

それ、お前のせいだぞ…
いや、正確にはナマエのせいではない。

昔からずっとオレはナマエしか見えてなくて、周りの異性を、異性として見たことがなかった。いや、見えたことがなかったと言うべきか…

そりゃぁ人並みにお付き合いをしたことだってある。

とは言っても、向こうから交際を申し込まれて、ナマエ以外見えなくてお断りをしたら、

「今彼女いないんですよね?お試しで、一度どうですか?」と丸め込まれて付き合ったことしかないが…

結局その彼女たちと付き合っていても、頭を過ぎるのは幼なじみの笑顔で(彼女たちには申し訳ないのだが)。

付合いはじめて暫くすると、「ホップくんには好きな人がいるんですね。ちっとも私のことを見てくれない」などと言われ、別れることになるのはお約束だ。

今となってはお付き合いした彼女の名前も思い出せないほど、ナマエ以外の女性は異性ではなかったのだ。


『ホップ?』

突然手を止めたオレを心配してか、ナマエも手をとめてオレの隣に立っていた。その顔は夕日に照らされて赤くなっている。そのまま首を傾げて、名前を呼んでくるのだから、たまったもんじゃない。

『どうしたの?』
「あ、いや、何でもない」
『そう…で、なんで別れちゃうの?』

まだその話続くのか…

ここで全部、お前のせいだぞとぶちまけてしまえば、どんなにいいだろうか。

ここで、ずっとお前以外見えなかったからだって言ってしまえばどんなに楽だろうか。

そんな気持ちを全て飲み込むように、ブラッシングを再開させる。先ほどよりも手が震えているような気がするが、これくらいの震えはきっと第三者からは分からない。ブラッシングされているカビゴンだけが知っているオレの心の揺れ。

「なんでだろうな?まぁ、オレ今はトレーナーじゃないから目立たないし、アニキみたいにカリスマ性があるわけじゃないし、付き合ってみたらイメージが違ったんじゃんないか?」

本当は違うんだけどな、と心の中で思う。何故好きな女の子にこんな話をしているんだろうと悲しくなって、全てナマエにぶつけてしまいたい。

でもそうしてしまえば、きっとこの関係は終わってしまうから…

そんなオレの葛藤も知らず、ナマエは笑いながらこういった。

『そうなんだ。でも、私はありのままのホップが好きだよ』


バイウールーに向けられた【好き】という言葉が羨ましかったはずなのに、自分に向けられた【好き】という言葉がとんでもなく切なく聞こえた。

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