潰れそうなくらい、幸せ


「ねえ、さえ〜?こっち来て〜」

 普段より甘い声で俺を呼ぶあの子。こんな時は大体お願いを聞いて欲しい時とか甘えたい時とか。後者は無意識なんだろうけど、お願いの時は分かってしている分タチが悪い。……まあ、そんな見え透いたおねだりにいつも負けているのは俺だけど。

「どうしたの」

 ベッドの上でゴロゴロと転がっている都の傍に寄り、ベッドサイドに腰をかける。目を合わせてみれば都の目は爛々としていて、やっぱり今回はおねだりの方だったみたいだ。

「あのね、お願いがあるんだけどね。サエ、断りそう」
「言ってみなきゃ分からないだろ?」
「そりゃそうかも」

 むむむ、なんて考えに考え込んでいる様子の都。もちろん、彼女の願いは俺に出来ることならば叶えてあげたい。ただ都はたまに突拍子もないことを言い出すから、心の準備だけはしておこう。
 少し恥ずかしいのかモコモコとした毛布を引っ張りあげ、口元を隠しながら目だけこちらを覗かせている。可愛いな、だなんてぼんやりと思いながら彼女に手を伸ばし頬を撫でる。

「言ってごらん」
「……あの、その。サエに、上に乗っかって欲しくて……」
「……え?」

 上に乗っかる、というのは都の上に?まさか、俺が乗っかったら都が潰れちゃう。でも都が望んでいるし……そうやってぐるぐると考えていれば、都は焦ったように言葉を続ける。

「重たい布団好きなんだけど、家にないでしょ?だから、こう、重たさを感じたくなっちゃったからサエが上に乗ってくれたら解決かな〜……とか……」
「俺が乗っかったら都が潰れちゃう」
「わ、私そんなにか弱くないけど!……だ、だめかなぁ……?」

 こてりと首を傾げつつまたこちらを見つめている。このお願いに弱くて、沢山甘やかしてきた自覚はあるけれど。やっぱり、可愛い彼女にこうやって頼られたり甘えられると嬉しい訳で。

「……重たかったらすぐ退くから、絶対言ってくれる?」
「!言う、絶対!」
「約束だぞ。全く、都って変なの」
「……いいじゃん、別に!」

 仰向けに寝転がった彼女を跨ぐように動けばベッドの軋む音。少しだけ緊張しているのか目線をどこかへと彷徨わせている都を見下ろせば、なんだか既視感。……ああ、そういう事する時とほぼ同じ目線だからか。体勢は少し違うけれど。
 なんてぼんやりと思っていたら、何故か急にこちらまでドッと緊張が来た気がする。別に、今更照れることでもないのに──今日は妙に緊張してしまった。

「さえ……?」
「ん?ごめん、えっと……やっぱりやめない?」
「やだ!サエしてくれるって、言ったもん」

 ふくれっ面になってそう抗議した都。今そんな事言われると、なんか変なふうに捉えてしまいそうだからやめて欲しいんだけど。……なんて、いい大人がそんな中高生みたいなこと思ってるとか。都が知ったら幻滅するだろうか。
 ゆっくりと都の腰の辺りへと腰を下ろす。出来るだけ体重を掛けすぎないようにしているけど、重たくないだろうか。

「……全然体重掛けてないでしょ」
「そんなことないよ」
「嘘ついてる!もう!」

 ぷりぷりと怒っているけど、全然怖くない。そろそろ降りようだなんて少し腰を浮かせれば都は何かを思いついたように「あ」と漏らし、急にこちらに向かって手を広げる。何か分からず首を傾げていれば、唇を少し尖らせた都はそのまま続ける。

「ん、ぎゅってさせてくれないの?」
「え」
「させてくれないんだ……私からハグされるの、嫌だった?」
「え、あ、もう……。俺の負けだなぁ」

 今回は都が策士だったようだ。都からこんな風にしてくれることなんてほぼほぼないし、「嫌だった?」なんて悲しそうな顔で言われてしまえば、そんなのせざるを得ないだろう。

「重かったら、すぐ言って」
「うん。はい、ぎゅってしようねぇ」
「ん……」

 都の方へと体を倒せば、宣言通りぎゅうと背中に回された腕。くっついた体は柔らかくて未だに少しどきりとしてしまう。
 せめてもの足掻きで、彼女の横についた腕で体重を分散させようとはしてみるけれど。数秒の沈黙の後、都がこちらをちらりと窺いながら呟いた「……手も繋ぎたい」なんてお願いで最後の砦も崩されてしまった。彼女の頭の横で繋がれた手はぎゅっと握られており、ポカポカと温かく小さい。
 更には簡単に逃げ出せなくするためか、俺の片足は都の両足によって絡め取られてしまっているからもう動けない。
 もう全てを諦めてしまって都の顔横へと顔を埋める。なんだか同じシャンプーを使っているはずなのに今日はやけに甘ったるく感じてしまう。そんなに甘い香りのものではなかった気がするけど。そんな風に固まっていれば、彼女はんふふと短く笑う。

「やっと観念したね」
「……おもくない?」
「重たい、けど、幸せな重みだから。問題なしってわけ」
「重いんじゃん」
「あー!ヤダ、嘘!重くない!だからどこにも行かないで」
「……都が足挟んでるから退きたくても退けないよ」

 彼女を潰してしまいそうであまり乗り気ではなかったけれど、都が嬉しそうだし珍しいことして貰えたし。……なんだか、どこへも行かないように都を閉じ込めてるみたいで悪い気はしないから。案外悪くはないかもしれない。

「あ〜このままお昼寝したい」
「それはダメ。圧迫死するかもしれな……」
「流石にそれは心配しすぎじゃない?」
「せめてお昼寝するなら、俺の腕の中で抱きしめられながらにしてくれない?」
「……重くないじゃん、それ」
「好きなくせに」

 耳元で聞こえる「しらなーい……」なんて白々しい声に、思わず笑ってしまう。

「でも、あとちょっとだけこうしてたい」
「あと少しだけだよ」
「ん」

 やっぱりこうやって甘やかしてしまうのは、惚れた弱みだろうか。なんて、このまま寝に入ろうとしている都の頭をつついてちょっかいをかけるのだった。



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