ひとりではやけに広く感じるベッドの上でぐずぐずと鼻を鳴らし目を擦る。きっと明日の朝、起きたら目はパンパンに腫れて真っ赤になっていることだろう。
年に一、二度あるかどうか。激しい自己嫌悪に陥って我慢していたものがぶわりと溢れ、こうしてひとり泣いている訳だけれど。
サエが帰るまでに泣きやめるだろうか、なんてゴシゴシと袖で涙を拭うけれど溢れるものは止まらない。鼻をかもうとティッシュへと手を伸ばしたところ、真っ暗だった部屋に光が差す。
「ただいま〜。……都、なんで泣いて……。なにか、あった?」
大体、こういう時はタイミングが悪いものだ。やけに絶妙なタイミングで寝室の扉を開けたサエは、少し驚いたかのような……だけど何となく察しているような。そんな顔で私を見つめる。
視界にサエが映った瞬間、ボロボロと大きな雫はまた目から溢れては頬を伝う。うう、なんて先程までは我慢出来ていたはずの嗚咽まで口をついて、赤子のように声を上げてしまい、いよいよ収拾がつかなくなってきた。
隣に座ったサエは私を落ち着かせるためか、抱き寄せようとするけれど、それを嫌だ嫌だと駄々を捏ねるように首を振りぐいとサエの胸を押す。
「そんなに拒絶されると傷つくなぁ」
「うっ、ひぅ……さ、え……」
「うん、どうかした?」
彼に向かって素直に本心を言えればどれだけ楽か。この二十年余りの人生で、少しでもそれが出来ていればもっと素直で可愛らしい女の子だっただろう。
「おいで」なんて、再度手を広げたサエに抱き寄せられる。それも嫌だと首を振るけれど、結局泣き疲れている体は優しい彼を拒絶することなんか出来ず。大人しく腕の中に収まり、縋るようにサエの服にしがみつくことしかできないのだった。
ポンポンと軽く背中を叩く手に呼吸を整え、もう片方の頭を撫でる手に髪を梳かれ、漸く落ち着いてきた。わんわんと泣いていたのが啜り泣き程度になった頃、サエが口を開く。
「どうして泣いてたの?」
「……わ、わた、し。また可愛げのないことばっかいって、さえにひどいこと……いった」
「俺は気にしてないよ」
「でも、わたし、さえに嫌われたら、う…や、やだ……、さえぇ……やだぁ…」
サエに嫌われてしまう、そんなことを想像してまた涙がぼろりと溢れ出る。
事の発端はサエが帰ってくる少し前にしていたメッセージでのやり取り。いつもみたいにツンツンとした返事と天邪鬼な物言い。相変わらずと言えばそれまでだけれど、今日はやけにメンタルが弱々しかったようで。
何となく見返したそれに、どうして自分は可愛げがないんだ、もっとこう可愛く素直に言えたら……と反省と自己嫌悪。そんな染み付いた悪い流れと、そんな事が溜まりに溜まってこの結果だ。
「俺は都のこと、何があっても嫌いにならないよ」
「そんなに好きでいてくれる……理由がわかんない、わたし可愛くないし、素直じゃないし……ばかだからすぐ、さえのこと傷つけるようなこと言って、いって……」
「うん……それで?」
「いつも、あとからやっちゃったって、おもって。でもそのたびに、サエ、やさしいから、許してくれるから、わたし……」
ぽろぽろと流れる涙を拭われ、そんな中必死にまとまらない頭で続ける。
「サエに似合う、かわいい子になりたいのになれないの。でも、素直になれない……。サエのこと好きだからこそ、もっとすてきな人と一緒に、幸せになってほしいの。でも、サエが他の子と一緒にいるの想像するだけでいやなきもちになる……」
「……俺は都といるだけで、世界で一番幸せなんだよ。都以上に可愛いと思える子なんていないし、素直じゃない都も含めて、俺は全部大好きなんだよ。だからそんなこと考えないで、ね?」
目を真っ直ぐに見て、諭すようにそう言いきったサエにまたぎゅうと抱きしめられて、嬉しいとか、申し訳ないとか。いっぱいいっぱいで「ゔ〜……」なんて唸りながらグリグリとサエの胸元に額を擦り付ける。
サエのシャツ、涙でびちゃびちゃにしちゃった。
「物心つく前から、俺はずっと都のこと好きだよ。ずっと……もちろん、これから先も」
「……物心つく前のことなんか、覚えてるの?」
「前に母さんがさ。 赤ちゃんの頃、横で寝かせてる時はずっと都の方見てて、ハイハイできるようになってからはずっと都のこと追い掛けてたよ〜って教えてくれたんだ。だから、多分そんな時から都のこと気になってたんだと思う」
「……そう、かな……?」
「そうに決まってる。だって、俺。気付いた時には都のこと好きだったんだから」
ぎゅうと強く抱きしめられて、なんだかそんな言葉と行動が嬉しくて。応えるようにピッタリとくっついて抱きしめ返す。
こんな時にしか素直に甘えられないなんて、自分でもどうかと思うけれど。いつもより自分の思っている、考えていたことを話せたような気がする。
「俺のこと、好き?」
「……好き、大好き」
「ありがとう、俺も大好きだよ。難しい事なんて考えなくていいから、ずっと俺の傍に居てくれたら嬉しいな」
こくこくと必死に頷いてそっと顔を上げればサエと目が合い、なんとなく気恥しさからにへらと笑う。サエも満足げに笑い、ぽんっと私の頭に手を置いて続ける。
「ほら、顔洗っておいで?俺もお風呂入ったらすぐ布団に行くから、いい子で待ってて」
「そうする……鼻、かみすぎて痛くなっちゃった」
「あはは、目も真っ赤だ。冷たいタオル作って冷やさないとね」
手を引いて立ち上がらせてもらいよろける足元の中、一緒に洗面所へと向かう。ふらりとしている私が心配なのか歩幅を合わせてくれるサエにべたりと体を預ければ満足そうに笑う声。
顔を洗いさっぱりした頃、サエは服を洗濯機の中に放り込んでいて同じように顔を拭いたタオルを放り込む。
「すぐ出るから…ひとりで戻れる?」
「ん……だいじょぶ」
お風呂へと入っていったサエを見送り、さっきまでよりしっかりとした足取りで寝室に戻る。早く出てきてくれないかな、寂しくなる前に、また抱き締めてもらいたい。そんな一心でぎゅうと抱き枕を抱き締めた。
────────
「おまたせ」
「ふ、早いね。烏の行水だ」
「都が寂しいかなと思って」
「……うん。寂しかったから、うれしい」
そう答えれば思わず目を丸くしたサエについ吹き出してしまう。
いつもなら泣き止めばツンとした態度に戻るのに、そんな素直な返答が物珍しかったのか。だけどすぐに嬉しそうに頬を緩めて口を開く。
「おいで、一緒に寝よう?」
「……いつも一緒に寝てるじゃん」
クスクスと笑いながら寝転がったサエの横にいつもの様に擦り寄れば、腕枕をしくれるそうなのでそれに甘えて頭を乗せサエの胸元に顔を寄せる。脚同士を絡めてピッタリとくっついてみれば少し恥ずかしいけれど、すぐ側から聞こえる鼓動になんだかやけに安心して。
「……ふふ、サエの心臓の音する」
「生きてる?」
「んー……生きてないかも」
「えぇ、それは困るな。生きてないと、都と一緒にいれなくなっちゃう」
「じゃあ、嘘。生きてるから、ずっと一緒にいてね」
なんてぽつりと零してみるけれど流石に恥ずかしくなってしまい、モゾモゾと動いて胸元に顔を埋めたまま寝たフリをしてみる。
不意に抱きしめてくれる腕の力が強くなって「いたた、」なんて思わず声を漏らす。
「あっ、ごめん。わざとじゃなくて……」
「んふふ、いいよ。別に。サエになら何されても」
「……あんまりそういうこと、言わない方がいいぞ」
ポカポカと暖かい腕の中、そろそろ眠たくなってきて瞬きがゆっくりになってきてしまった。眠気に抗うよう、少しぐぅっと目を瞑ってから開けてみるけれど、トントンとリズム良く背中をさする手に負けてしまい、そのままゆっくりと瞼を閉じてしまう。
「おやすみ、いい夢見てね」
「ん……」
頭の上にくっついたサエに、今おやすみのちゅーでもされたのかな。なんてふわふわとした思考の中、そのまま眠気に負けてしまい意識を手放し深い闇の中へと落ちていった。
────────
いつもより少しだけ早く目が覚めて、すぅすぅと寝息を立てるサエの横顔を見ながら、未だ寝惚けた頭でやっぱり、好きだなぁ……なんて胸がきゅうと苦しくなる。
昨晩のことを思い出すと、少しだけ恥ずかしくなってしまうけど。そうやって頬をぺたりと押さえ、サエを起こさないようにゆっくりと布団を抜け出し御手洗を目指す。
素直じゃない、私を含めて全部好き。だって……!んふふ。また恥ずかしくなりながら、再度布団に戻ろうと寝室の扉を開けた瞬間。
「っ、みやこ!」
「わぁ!な、なに?」
飛び起きた様子のサエに呼ばれびっくりして目をまぁるくする。
サエと目を合わせてぱちぱちと何度か瞬き。首を小さく傾げれば、何故だかホッと胸をなで下ろしたサエ。ゆっくりと近付いてベッドサイドに腰をかける。
「どしたの?」
「起きたら、都がいなくて……。びっくりしちゃった」
「あはは、ごめんね。トイレ行ってた」
控えめに、ゆっくりと手を伸ばしそっとサエの頭に触れる。昨日、してもらったみたいにぎこちなく何度か撫でてみればサエはぴたりと固まってしまった。
「もうちょっと、撫でてほしい」
「……いいよ」
「こっち、来て」
膝の上を跨がされ彼と向かい合うように座りぎこちない手つきのまま、また何度かサエの頭を撫でてやる。たぶん……初めてした、こんなこと。慣れない。
そのままぎゅうと胸元へと抱き着かれてしまい、少し悩んだ後に同じように抱き締め返してすりと頭に頬を擦り寄せる。
「今日は……やけに素直だね」
「……だめ、かな。素直になりたくて……したいこと、やってみて……あ〜!やっぱダメ!恥ずかしい!」
「……ダメじゃないよ。可愛い。絶対に離さないから暴れないで」
「んぎぎ、離して……!」
「離してなんかやらない」
じたばたと暴れてはみるけれど、有言実行。どうやっても離してくれない。はあ、なんて諦めて大人しくしていれば髪の毛を梳かれる。これされるの好きなんだよなぁ。
「努力してくれてありがとう。好きだよ」
「……そりゃ、どうも…」
「あ、いつもの都だ。素直になるんじゃないの?」
「……私も!好きです!はい!離して!」
「あはは、怒った?」
漸く解放されたのでじとりと睨んでみるけれど、顔は真っ赤だろうし少しも脅しにならないだろう。
急に慣れないことをするものでは無い。なんだかこの数分でドッと疲れてしまった。
「急に可愛いことされると、俺が持たなくなっちゃうからゆっくりでもいいんだよ」
「……そうさせてもらう。私も恥ずかしくて持たない…」
ぽてんとベッドの上に倒れて小さく溜息をつく。そんな私を見てくすくすと笑っているサエの膝をぺちりと叩けば、また面白そうに口端を吊り上げた。
「朝ごはん作ろうか?」
「……食べる、お腹すいた」
「じゃあもう少し寝ててもいいよ。出来たら起こしてあげる」
「ん〜……目玉焼きがいい」
「ふふ、半熟で塩コショウ、ね」
多分、お休みの日によく食べるトーストとベーコンと目玉焼きのまさに朝ごはん!といったメニューだろう。
ああ、お腹すいた。サエが起こしに来るまでもう少しだけ寝ちゃおうかな〜、なんてまだ少し暖かい布団の中ゆっくりと目を閉じた。