「今度遠方で仕事なんだ」

彼の部屋に入りソファに座ればいつも気持ち0.5人分近くない?ていう距離感でぐいっと詰められる。
居心地が良いわけではないが、距離を取ろうと少し下がればその分また詰めてくるのは学習済みなので私も大人しく座り彼のじっと見つめてくる視線から逃げるように紅茶を頂く。

「そうだったんですね。お戻りはいつ頃ですか?」

婚約者といえど結婚するにはまだ若い私達。
こうやって定期的に会ったり食事に行ったりはしているが、最初こそ彼も御家の為に強制的に"仕方なく"私との時間を作っているのだろうと思っていた。

「んー。仕事自体はすぐに終わるんだけね。そうだ、▲▲もおいでよ。観光地みたいだから一緒に過ごそう」
「都合が合えばご一緒します」
「都合は合うよ。その週は▲▲の仕事を入れないようにそっちの家に伝えているから」

しかし想像したよりも彼はこの関係に前向きなようで、その死んだ表情筋も無機質な口調も時折柔らかくなる。まぁ仲良くしたいわけじゃないけれど逃げられない運命なら穏やかに波風立てずに過ごす事に越したことはない。

「イルミさん、髪伸びてきましたね」
「そうだね。▲▲は長い方が好き?」

「はい」と答える前に近付いてきた彼がそっと頬に手を添えたので、あぁはいはいと察しの良い私はゆっくり目を瞑る。
唇が軽く啄ばまれじわじわと侵食してくる舌にちょっと気持ちよくなってきたところでふと脳裏に先程のキキョウさんの姿が浮かんだ。
細身で美人のドタイプな彼女。あれそういえば息子である彼もよく似ているような・・。

「いっっ!?」

そんな事を考えていると突然鋭い痛みが私の脳天を駆け抜けた。
何事かと反射的に目を開ければ相変わらずの表情でこちらを見つめる彼。
確認するように口内で舌を回せば数秒の間の後に彼が私の舌に噛み付いたのだと理解する。
お前まじか。噛み千切られた訳ではないけれど、お前、まじか。そんな私のドン引きした視線に察したのか彼は「集中して」とぼそり、呟く。

あーあ。
めんどくせ。

自分で言うのもなんだが私は随分と強かな女である。
思いっきり吐いてやりたい溜息も、嫌そうな素振りも、全て感情の奥の奥へと押遣れば、少し伏目がちに恥らったような表情を軽く髪で隠しながら、それでいて大胆に彼の太ももに手を這わせながら言ってやるのだ。

「その気にさせたくせに」

途端に噛まれるような激しい口付けと抑え付けるような乱暴な強さで私の体はそのままソファへと沈んでいった。

男は大体これで誤魔化せるから楽なんだよなぁ。