▲Close in on
久しぶりに会ったイルミの顔は今思い返しても傑作だった。普段が鉄火面だから尚更だろう。「久しぶり」の久を言い終える前に音速かよと思うほどのスピードで眼前にフェードインした彼は、それはそれは強い力で私の肩を掴んだ。正確には私の折れた腕を固定している三角巾の結び目をぎゅっと鷲掴みにした。肩ごと。ぎゅっなんて説明は可愛いくオブラートに包んだもので、実際はギチギチィだのミヂミヂィだの聞いたことのない音が聴こえている。最早脱臼してないだけ奇跡だ。
そして凝を使わずとも見えてくる禍々しいどす黒いオーラを纏う彼が搾り出すように言った一言が、「なにこれ?」。まぁそうですよね、と内心苦笑しながら「いやぁ実は仕事で凡ミスしちゃってぇ」と笑ったのが、
多分、彼の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
「もう本当にお願い!さすがに無理!嫌すぎるから!」
ドアを締めようとノブを引く手に渾身の力を込める私と、ドアに足先を突っ込み扉を開けようとするイルミ。この攻防が始まってもう15分くらいは経ってると思う。
何してんだって?此処は私の家で、この扉はトイレの扉。声を荒げる私の膀胱はそろそろ限界である。
イルミに怪我をしていたのがバレたのが数時間前の事で。その日約束していたランチもキャンセルして強制的に我が家に連れて帰られてからというものの、何を考えているのか彼はぴったりと私にくっついて離れない。コーヒーを淹れにキッチンへ向かう時すら着いてくるのだから私は眉間に皺が寄りっぱなしだ。
何がしたいのと聞いても答えずただただ腕に巻かれた包帯を睨み続けるものだから、彼なりに心配しているのだろうと私は深く考えるのを止めた。あるよね動物とかのドキュメンタリーで。そういう行動の映像に感動するBGMと一緒に流しちゃってりしてさ。
だからそのままだらだらと映画を見たり本を読んだり自宅で惰性的な休日を過ごしていたのが、不意に催してきた生理現象にトイレへ向かおうと立ち上がれば隣もすっと立ち上がる。いやいやちょっと待てと。さすがに、さすがに、ねぇ?とリビングから始まった攻防はじりじりと続き、今や本丸を前にまで進軍してきているのだから最早恐怖でしかない。
「ちょっとまじでそろそろ無理なんだが?ねぇって。トイレ行かせてよ」
「別に俺だめだなんて言ってないけど」
「そういうなら入ってくんなって言ってんの!そんなに私のおしっこするところ見たいってわけ?イルミのそんな性癖知りたくなかったわ!変態!スカトロ野郎!ブラコン!」
「別に見たくないんだけど。そういう思考する▲▲の方が変態なんじゃない?」
「だ っ た ら 出 て け や」
あまりにも横暴な態度につい腹が立ってドアストッパーになっている彼の足を勢いよく踏みつければ、その瞬間聞こえたのはダァン!と耳を劈く音。誰か室内で大砲でも撃った?と思う程の音量で響いたそれは彼が力任せに扉を開け放った際にドアノブが壁に激突したからのようで。ごめん我が家。遮られていた守りが無くなり、眼前にあるのは仁王立ちのイルミだけ。もう恐怖で更に血の気が引いていく私に向かって腕を組みながら彼はこう言うのだ。
「だって▲▲って目を離すと怪我するから」
このタイミングで凄いジョーク飛ばしてくるなぁ。え?まさかこいつ本気で言ってる?白目になりながらも何度か交渉したが虚しく、ついに臨界点を迎えた私は泣きながらパンツを下ろした。
その後何時になっても帰らない彼が平然と泊まると言い始め、第二ラウンドが開戦されたのは風呂場での事。
おかげでベッドに入ったのは明け方に近い深夜になってしまった。そして当然のようにこいつも隣にいる。
散々女として、いや人としての尊厳を踏みにじられ満身創痍意気消沈の私が根負けしてベッドの中で現場引退宣言をした事でようやく彼が満足する回答になったようなのだがすぐさま矢継ぎ早に言われた言葉で私の疲労は完全にピークに達した。
「仕事を辞めるなら収入は無くなる訳だからとりあえずうちに住みなよ。その方が間違いなく安全だし、俺が仕事の間は家の者に見させるから安心して良いよ。うん、そうだね、それがいい。そうしよう」
うんうんと頷くイルミを見ないように私は目を瞑るといよいよ思考を全て放棄する事にした。
これ怖いのが私達って別に付き合ってるわけでもない腐れ縁に近いただの幼馴染の関係なだけってことなんだよね。
弟に対しても思ってたけどこいつの執着ほんと怖いんよ。
「怪我したお前が悪いんだから仕方ないよね」
ほんと、もう、本当に。