▲そしてアフロディーテは嘲笑った
イルミと所謂恋人という関係になってもう気付けば数年。別に愛が冷めたわけでもないし、セックスレスというわけでもなかった。
理由を問われればなんとなく。
本当にただそれだけの理由で見ず知らずの自分より若い男とワンナイトしてしまった私は正直な所、彼にこれがバレた所で向こうも同じ様な事しているだろうし、そこまで何とも思わないだろう。
なんて軽く考えていた。
まさかこんな事になろうとは。
「ごめ、ごめん゛な゛ざぁ・・」
少しでも身を捩じらせればじゃらじゃらと室内に静かに響く金属音。それが何かというと重く太い鎖で、壁にしっかりと埋め込まれ固定されているそれが伸びて繋がる先は私の首元である。この殺風景で無機質な独房の様な部屋に閉じ込められてどれくらい経っただろうか。記憶の最後ではいつものように大きな屋敷の彼の部屋に遊びに行き、他愛も無い会話をし、なんとなくいつものようにセックスする流れかと思った。しかし私を押し倒した彼は自身の上着に手をかけると脱ぎ始めたのではなくそっと取り出し目の前で見せたのは一枚の写真。そこに写っていたのはあの夜の彼。一瞬息を呑んだ私が言い訳を始めようと口を開いた、瞬間から視界がブラックアウトし気付けばこの部屋に閉じ込められていた。ここがどこかは知らない。世界的な暗殺一家の彼のことだ。もしかすれば私はまだ彼の屋敷の中にいるのかもしれない。
「俺がなんとも思わないとでも思った?」
膝をつき許しを請うばかりの私を見下ろす彼は今まで見た事のない冷たい瞳をしていた。殺意や嫌悪や失望だけじゃない、どろりと淀んで孕んでいるそれはまさか愛情だとでもいうのだろうか。
「いっそ殺してやりたいのにさ、本当に酷い女だよお前」
イルミは私の前でしゃがむとそっと手を伸ばし私の頬を撫でる。いつもと変わらない妙に優しい手つきに少しの期待を抱いた私が彼の名前を呼ぶと、その手は容赦なく私の頬を掴んだ。爪が肉に食い込むのが分かるが私が痛みで逃げようとした所で、彼相手では無謀な事なのは悲しいけど真実で。
「▲▲そろそろ此処から出たい?」
「イルミ、」
「じゃあ覚えておいて。お前が俺が認めてない人間と親しくなるのはなんとなく面白くないからその時は殺す。お前にその気はなくても愛想を振りまいて勘違いする男ができるのはなんとなく嫌だからその時も殺す。女でも肉親でも俺以外に大事な人間がいるのはなんとなく嫌だから勿論殺す。
わかった?」
彼の言っている事が分からないわけではない。ただ私は理解したくなかった。
この瞬間、私の自由は完全に奪われたのだ。
肉体的だけじゃなく、精神的な面でも。どれだけ上手く取繕っても彼には眉毛の動き一つで見破られる。
だからこそ彼はわざわざ口に出して私に言ったのだ。
本当に、心の底から、自分だけを愛すようにと。
「理屈じゃないって所だけは理解してあげるよ。俺もなんでこんなに▲▲に固執してるかは分からないけど、俺がお前を殺さないのはなんとなくまだ殺したくないっていうだけだからね」
でもちゃんと愛しているよ。
そう囁かれた言葉は容易く私を芯から恐怖の底に叩き落すのだ。