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ホテルを出る頃にはそこそこ遅い時間だったので、私は適当なパブに入りパイとチップスとビールを注文する。帰るかと思ったイルミも一緒についてきたわけだが、お坊ちゃまな彼にはローカルパブの雰囲気が悪かったのかそれとも遅い時間にぎとぎとな炭水化物と油とアルコールを注文する私に引いたのか鉄火面の眉間に終始皺が寄っていたのが面白かった。
「イルミコーヒーだけ?食べないの?」
「逆に良く食べれるねそんなの」
全部茶色、と言う彼に茶色は美味しいんだよと笑う。
チップスを摘まんで汚れた指を舐めれば紙ナプキンとフォークを差し出してくるあたりやはり育ちのよさというか、なんというか。
「さすが長男」
「何?」
「いやそんな感じで弟世話してるの想像したら面白くて」
サイコのくせに、と言えば俺の弟達とお前を一緒にしないでくれる?と不機嫌が割り増しになった。怖。
がやがやと騒がしい店内。皆の視線の先はカウンター上にあるテレビで流れているスポーツ中継。
店の隅に座る私達の事なんて誰も見てないし気にしていないこの空間が心地良くて思わず笑みが零れると、不意にテーブルの下でイルミがこつんと私の足を軽く蹴った。何事かと視線を彼に向ければ頬杖をつきながら私を真っ直ぐ見ている目。
「俺明日は仕事ないんだ。このまま▲▲の家にいってもいい?」
「だめだよ。どうせするじゃん」
「しないならいい?」
「だめだよ。もう彼氏持ちだもん」
「そういうもの?」
「そういうもの」
ふーんとまだ理解できてなさそうなイルミの口元にふにゃふにゃになったチップスをあーんすれば、大人しく食べてくれたが華麗なる一族様の口に合わなかったようで分かりやすく睨まれた。
「イルミもさ結婚とかそろそろ考えるでしょ?」
「▲▲は考えてるの?」
「うん。まぁ彼は所謂一般の普通の人だからねぇ。引退するのに丁度良いかも」
あの人には私の仕事事務職だって嘘ついてるの。なんて笑うと「パソコン叩いて壊すタイプのくせに」と返ってきたので思わずテーブルの下で今度は私は彼の足を蹴ってやる。
「とにかくイルミと遊ぶのはこれでお終い。依頼ももう取らないつもりだから回してこないでね」
「勝手だね。その男と結婚どころか続くかも分からないのに仕事も辞めるの?」
「続きますう。結婚を前提に告白されましたあ」
「浮かれてるなぁ、お前がそんなタイプだと思わなかったよ」
「こんなタイプだから彼氏作らなかったんだけどね」
「そんなに好きなの?その男」
イルミのその言葉に思わず体が強張る。すぐに笑顔で「そうだよ」と返すつもりだったのに何故だか言葉が出てこない。脳裏に浮かぶ彼の姿は可愛らしくていじらしい。それは間違いない。しかしどうだろ。イルミの質問には素直に応えられない私がいる。
そんな私にこれまでのやり取りからまさかすぐに返事が返ってこないとは思わなかったのであろうイルミが「好きじゃないの?」と少し訝しむ様子で再度尋ねてくる。どう答えようか。周りの当たり障りのない友人達なら適当に嘘を繕って返せていたはずなのに、無駄に付き合いが長いイルミ相手だとどうも隠している本音が私の意思とは関係なくぽろりと出てきてしまうのだから恐ろしい。どちらにせよこれほど間が空いてしまえば彼相手に嘘を言った所で見抜かれるだろう。
なら、まぁ、話しても、いっか。
「そこが難しい所なんだよね。好きか嫌いかといえば好きよ?でも私が作り上げた私を捨てる程の魅力が彼にあるかと言えばそういうわけじゃなくて。あ、でも彼の事はちゃんと好きなの。必死で純粋に愛情を向けてくれるから嬉しいし可愛いわ。でも、でもよ?好きの度合いで言うと、たとえばそう、このビール!これも好き!毎日必要!イルミも好き。一緒に居て心地良いから。えっちの後の味気の濃いご飯も好き。夜遅くに高カロリーを摂取している背徳感が堪らない。そういうところでいうと私にとって度合いってあってないようなものなんだよね。つまりどういう事かっていうと私みたいな極端な人間は個人の存在よりも役割の存在が大事なのよ。あの彼のために生活を変えるっていうよりは、彼氏の為にこうありたい私?みたいな?分かる?」
「分からない」
彼の視線が軽蔑よりも哀れみが強くなっているを感じた私は逃げるようにビールのおかわりを求め席を立つ。
足早にカウンターへと向かう最中、背後から聞こえた呟きなのか私に言ったのか分からないイルミの一言は髄の髄を刺してきたので一先ず聞こえなかったフリをすることにした。
「それってつまり誰でもいいって事だよね」
ご尤も。
あーあ、告白を流れでオッケーなんかするんじゃなかったなぁ。