▲フォーカス



「それ。なんでいつも撮るの?」

目の前に座る恋人のイルミにそう問われて私のシャッターを押す指が止まった。
私は別に日常を投稿するようなSNSをやっている訳ではない。それでも彼の言うように出先では何かと携帯で写真を撮ってしまうのだが、理由を問われればなんとなくとしか答えようがなかった。もう習慣化してしまっているのだろう。これはきっと私だけでなく世間様も似たようなものだから仕方がないと勝手に人のせいにしている。
まぁさすがに自腹では入れないような敷居の高いお店でそんな事はできないが、今のように気軽に立ち寄ったカフェでたまたま見つけたオススメメニューが、ピスタチオクリームとアーモンドがたっぷり入った私の理想のクロワッサンだったりすると、抑えきれない歓喜は無意識的に私に写真を撮る行為を促すのだ。

「なんでだろうね。…思い出?」
「▲▲記憶力ないもんね」
「やだーちょっと馬鹿されてるー」

パシャリパシャリと手早く数枚撮ってしまえば、お待たせしましたと言わんばかりに手を擦りわせ目の前のクロワッサンに齧り付く。口の中で広がるピスタチオとバターの香りと滑らかな甘さ。何層にもなった生地とローストアーモンドをざくりざくりと噛み締めれば脳みそが幸せだとドーパミンをだばだば垂れ流す。

「幸せすぎる」

ぼそりと呟けばコーヒーを一口飲んだイルミがこちらをじっと見つめて、


「この間の殺しの時もそんな顔してたよお前」


なんて意地の悪い事を言ってくる。
思わず睨みつけてやったが、彼の言う【この間の殺し】の時の事を思い出すと、あっ!と私は声をあげた。

「写真だけどさ、全部が全部見返す訳じゃないけど疲れた時とか割と見るよ。仕事終わって死体処理面倒くさー風呂面倒くさーてなってる時に現実逃避で楽しかったデートの時のフォルダ見たり……あー、あと友達と話してる時にもこんなのあったよー的な感じで見せたりするかな」
「こんな感じで殺したよって?」
「そんな写真撮るか」

ただのサイコキラーじゃんとツッコミを入れてみたが「いや▲▲はそっち側だと思うよ」なんて失礼な返答が返ってきたので私はもうイルミを無視して再度クロワッサンを食べる事に集中する事にした。ふんだふんだ。

「それおいしい?」
「おいしー!」




この件から数カ月。私達は変わらず定期的に逢瀬を重ねているが、この頃一つの変化があった。それは私が写真を撮る時にイルミも撮り始めたことだ。
表情が変わらないから最初こそメールでも返しているのかと思ったが、携帯を斜めにしたり体を引いたりしているその動作はどう見ても画角を調整しているそれである。まぁお互いSNSをやってないから、記録の延長線みたいなものなので撮った写真を見せあったりするような事はないのだが、この男が私に影響される日が来ようとは、と内心にやにやしているのは内緒だ。

「そういえばさぁ。この間一緒に行った映画あったじゃん」

ある程度色んな事が終わったベッドの中で携帯を眺めながら隣で同じような事をしているイルミに私は声をかける。「あぁ…あのつまらない映画ね」と返ってくる応えに「そうあのびっくりするくらいつまらない映画の時」と更に返す。俳優が好きだっただけにショックも大きかった。あれは記憶喪失にでもならない限り再度見ることは無いだろう。

それはさておき。

「イルミあの時劇場のポスターの写真撮ってたよね?私携帯の充電無かったから撮れてなくてさあ。ちょっと送って欲しいんだけど」
「つまらない映画なのに?」
「私にとってはつまらない映画見たっていう思い出なの。あとあの俳優が好き」
「あぁ、そっちが本心ね」

断りはしないものの露骨に面倒くさそうに溜息を吐きながらもイルミは携帯を軽く操作する。私の携帯に入った通知から「ありがとー」と写真を確認すれば、そこに写っていたのは確かに劇場ポスターなのだが、そのポスターに中指突き立てている私の後ろ姿がしっかりと被さるように写っている。これは確か見終わった後に駄作すぎてブチギレている時だろう。いや、うん。こんなの撮らないで?撮ってるの知らなかったよ。改めて客観的に見たら恥ずかしいな私。

「ねぇなにこれわざと?」
「送ってって言ったの▲▲だろ」
「これじゃなくて普通の頂戴よ」
「普通のってなに?」

いやだからぁ!と声をあげれば先程の3割増で溜息を吐いたイルミは「面倒くさいから好きにして」と私に自身の携帯を渡してきた。こういう時に自分の分身とも言えるプライバシーの塊を平気で渡されると信頼されているのかなぁとちょっとだけ嬉しくなる。私はとてもじゃないけど渡せない。やましいことはないんだけどね。なんて考えながら写真フォルダを開くと一覧で並ぶそれを見て私は思わず固まった。

なんとなんと、そこにある写真全てに私が写っているではないか。

まさかまさか、と更にスライドさせて見てみてもそこにあるのは、料理の写真、というより料理の写真を撮る私。デート先でのスポットの写真、というよりスポットで写真を撮る私。といった具合にもれなく見事に私が混入している。

ぎゃあ。


「お、おぉ…おぉぉおー…」
「何?送るなら早くしてくれない?」
「いやなんというか、今凄く恐怖と戦ってたんだけどギリでトキメキが勝利したわ」
「は?」

まぁイルミがぶっ飛んでるのは今に始まった事じゃないしね。それよりもこんなに私の写真ばかり撮るなんて意外とちゃんも愛されてるなぁ!えへへ!と思考を切り替えてしまえば早いもので、単純な私は映画のポスターなんてすっかり忘れ、にやつきながら更にスクロールし続けていたのだが不意に目に入った1枚に、再び、指が止まった。

そこにいるのは満面の笑みの私。
そりゃあもうにっこにこ。
モンキーレンチを片手に振り上げて。

イルミてめぇと睨みつければ、私の視線に気付いたのか彼が私を見た後に画面をちらりと見て「あぁ」と再び私を見つめる。

「可愛いよ」

それは目の前で全力で睨み付ける私に言ったのか、はたまた画面の中で返り血を浴びながらターゲットの脳天叩き割って笑う仕事中の私に言ったのか。


まぁ可愛いって言ってるし、もういいや。