▲dornröschen


子供の頃から家族ぐるみで付き合いのある私達は所謂、幼馴染。
「2人で仲良く遊んでおいで」と言う親達の言いつけを律儀に守って、まるで私に興味のない彼に対して積極的に絡みに行っていた当初の私はなんて健気だっただろうか。
一向に探しに来ないかくれんぼ。永遠に捕まらないおにごっこ。旦那が出張に行ったまま帰ってこないおままごと。最早1人遊びである。
どんなに面倒くさそうにされても、どんなに露骨に嫌な顔をされても、私はめげずに彼を追い続けた。
それは別に彼と仲良くしたかったわけではない。では何故か。単純に両親が望んだからである。
だから彼の弟であるミルキが一緒に遊べるくらいの歳になるとすぐさま私は彼の子守にシフトチェンジをした。楽だったし、同じ歳のイルミよりも会話が弾んで普通に楽しかった。
すると父と母だけでなく彼の両親も「面倒見がいい」と喜んでくれるものだから、私としても一石二鳥。きっとイルミも鬱陶しくなくなって喜んでいることだろう。一石三鳥だ。
そう思っていたのに、その後の訪問で何故か私が連れて行かれたのはだだっ広い一室で。
せっかくお気に入りのふりふりワンピースを着てたのに、ゾルディック家の執事のお姉さんから替えの服に着替えさせられ、髪まで纏めて結われている時に現れたのは、いつもと同じ無表情のイルミ。
何事か、ミルキはいないのかと問う私に彼は言ったのだ。

「此処はうちの訓練室でね。これからは俺の鍛錬に付き合ってもらうから。お前もいつまでも遊んでないでちゃんとしなよ」

その日、私はイルミにぼこぼこにされそのまま気絶し、目が覚めると自宅のベッドで寝ていた。
両親は同情してくれなかった。恐怖を植え付けられたまま翌月もゾルディック家の屋敷に連れて行かれたわけだが、イルミもイルミの両親も謝らなかった。ミルキだけが遊ぼうと言ってくれたのに、再び私が連れて行かれたのはやはりあの部屋。

そしてやっぱりフルボッコ。

元より私の家も暗殺家業だからそれなりに物心ついた時から鍛錬はされていた。それでも相手はあのゾルディック家長男。そもそもの鍛錬のレベルが違うのは子供ながらに分かるし、今思えば両親も私には本格的な体術よりも女を武器にした暗殺術を教えるつもりだったのではなかろうか。まぁ今にしてみればもういいけれど。
ともあれこの件以降、幼い私は両親に失望した。
そして初めての反抗でその後ゾルディック家に行くのを拒否したのである。なぜ痛くて嫌な目に遭わねばならないのだろうか。最初こそ無理矢理にでも連れて行こうとした両親だったが、腕を引っ張る我が家のお抱え執事の手を滅多刺しにした事で沈静化した。そこからの流れは止まらず、従順で聞き分けのいい子は終わりを告げ、やられっぱなしでなるものかと今まで以上に必死に鍛錬し、親が手を付けられない存在になり始めた頃、寄宿学校に放り込まれ、これがチャンスだと逃げ出しどうにかこうにか独りで生きてきて早数十年。
今ではとある裏の顔が広い実業家の娘の用心棒をしている。

いや、たった今"していた"に変わってしまった。

365日24時間1人で護衛は無理がある。なので基本は数チーム毎の交代編成で付いていたのだが、非番明けの交代に向かった私の目の前には部屋中に転がる死体の山と、その真ん中に立つ1人の人影。

「やぁ」

その顔には見覚えがあった。

「イルミ、ゾルディック」

そうだよ。と軽やかな返事と共に一歩こちらへ近付いてくる彼に私は距離を取り臨戦態勢に入る。
まぁこの状況じゃ仲間もあの娘もなんならボス共々皆殺しになっている可能性の方が高い。
まさかゾルディック家に暗殺依頼が入るなんて。私もつくづくツイてない。

「▲▲、変わったね」
「私の事、覚えてたんだ」

イルミは更に近付いてくる。私も一定の距離を取るが室内だと完全に分が悪い。
このまま廊下に出て逃げるか、いやでもそもそもこいつから逃げ切れる気がしない。
私はごくりと唾を飲み込んだ。

「私はただの雇われ。このまま逃がしてくれたりしない?」

降参、と両手を広げる。無理だったら逃げ切るに全部を賭けよう。
足の踏み込みに緊張を入れたまま彼の出方を伺うが、イルミはこちらを見るばかり。
緊張で、心臓が痛い。しかしそんな私に対して予想もしていなかった言葉が出てきた。

「前逃がしたのちょっと失敗だったなって思ってるんだよ」

捕まえて、閉じ込めて置けばよかった。と続けられた言葉が理解できずに戸惑っていると、瞬間私の脳天に激しい振動が響いた。一瞬で間を詰められ彼が首だか頭だかに強い衝撃を入れたのは理解したが、これで意識飛んだら死ぬと察しても、もう遅い。自分の意思と反対にあの頃のように意識が薄れていく中、「▲▲は相変わらず弱いね。でも大丈夫、いざとなれば俺が守ってあげるから」と私を見下ろす彼がそう呟いたのが聞こえた。

あぁそういえば、あの時もそんな事言ってたっけ。

目が覚めたらまた子供の頃みたいに実家のベッドだったらいいのに。