▲殺める時も健やかなる時も君の顔を思い出すから、仕方なく。
結婚とか家庭とか子供とか。
なんかそういうのって自分には関係のない世界の話だなぁなんて漠然と思っていたんです。親とか兄弟とかそういうの分からないような環境だったわけだし、のらりくらりアングラな世界で自分の為に生きてふわっとさくっと殺されて死ぬんだろうなくらいの心持ちで生きてきたわけなんです。所謂普通じゃないってのに分類される人生レールに乗っている事は自覚してるしこれを降りるつもりもありませんでした。ツイているといえば女であったことくらいでしょうか。いじらしい態度で、儚く笑い、控えめな言動で、夜は大胆にしていれば高確率で釣れない男はいませんでした。
でも結局の所、私も相手も釣り上げたいだけなのです。
釣り上げた後に水槽に入れて飼って眺めたい男と釣るのが楽しい女なんて利害が一致するのは一時の事。網を持って追いかけてこようものなら私はまた大海原へと泳ぎ出す。そうやって交際関係は嗜む程度にやってきた私でしたが、今回のこの釣り針に引っかかったのは予想外の事でした。
「だからぁ!結婚とかしないって!」
私の左手を握ってきたイルミがなんだかもぞもぞしていると思って視線を落とせばいつの間にやら薬指に着けられたのは随分とデカくて品の無い指輪。
値段を想像するだけで胃もたれしそうなそれを私はひいいと鳥肌を立たせながら手早く指から抜き取ると彼の手の中へとリリースする。
「シンプルなデザインは嫌がったくせに。我儘だなぁ」
「シンプルとか派手とかデザインとかじゃなくて指輪そのものが嫌なの!」
「えーわがままを言われても結婚指輪は必要だからなぁ。あぁそうだ。婚約は時計にする?最近はそういうのもあるみたいだし」
「そうじゃなくて!」
話が通じないよ。怖いよ。
ひんひんと心で嘆きながら私は目の前の彼から距離をとる。
数カ月前にバーで知り合ってなんだかんだ交際してるような関係になったイルミは、今までの男たちに比べると妙にウマがあった。おそらくお互い似たようなタイプだったのだろう。一緒にいて気兼ねなく居心地が良く、何となく飽きないなぁ別れる理由も特別無いなぁなんて考え始めた今日この頃。それまでそこまでお互い執着もせず、気軽な関係だったのに突然イルミが私を水槽に囲い始めたのだ。それも押し込むようなかたちで。
「イルミほんとどうしたの?死ぬの?」
「なんで?」
「いやだって急にこんなことしてくるようになったから…ゾル家の跡継ぎ問題悪化して一族の繁栄に焦ってるのかなって」
「▲▲に心配されるような問題はないよ。今のところね」
でも早い所俺の家族に挨拶して欲しいんだけど。なんて平然とそういう事を言うものだから私は何も言い返せなくなった。
産まれてきて20数年。
まさかこのレールから無理矢理引きずり下ろそうとする男が現れるなんて。
「▲▲和装も似合いそうだけど、」
「会話しよ?ね?とりあえずキャッチボールから始めよ?」
「俺子供には暗殺業教えたいんだけど」
「だめだ。おわた」
そっと再び指輪をつけてくるイルミに私はぎゃあっと素早く手を引っ込める。
ゆ、油断も隙もない…。