▲秋の鹿は笛に寄る
▲▲は誰とでも楽しそうに話す。
▲▲は誰にでも微笑みかける。
▲▲は簡単に他人の為に尽くす。
そんな▲▲の行為がどれ程浅はかで馬鹿らしい事がわざわざ教えてあげても、彼女は困ったように笑って誤魔化すだけ。結局俺の要望には応えてくれない。心配しなくても大丈夫だよ、なんて一言で全て曖昧に返されてしまう。そもそもこの女は危機感が無さ過ぎるのだ。俺がどれだけ心配しているか、どうすれば理解できるのだろう。気が気じゃない。いつか誰かに唆され、俺の事など忘れ、そいつの所へ行ってしまうなんて事があればどうだ?そんな事、駄目だ。絶対。そんな事、私は許される筈がない。認められる筈が無い。そもそも有ってはならない。
だって▲▲は俺だけのものなのだから。
「俺はお前が嫌いだよ」
なんでこうなるんだろうなー。
華奢だがやはり男女の差というのは有るもので、私より大きなその身体はまるで子供が母親に縋るかのように私の胸の中で窮屈そうに小さく丸くなっている。がっしりしたその腕は逃がさないとばかりに背中に絡み付き、お構いなしに締め付けてくるものだからやはり苦しい。「イルミ、大丈夫だよ」「私はイルミから離れないから」「私が大好きなのはイルミだけなのは知ってるでしょう?」「だからほらもう離して?」あやすようになるべく優しくゆっくりと話しかけても彼は、ぐぐぐと力を込めるばかり。
ほんと、なんでこうなるんだろう。
思わず漏れそうになる溜息を私はぐっと飲み込み堪えた。偉い。
彼氏であるイルミには些細な事で入るスイッチがあるらしく、その厄介な物を私はいつも気付かぬうちに押してしまう。でもきっかけは本当に些細なことなのだ。例えばテレビを見ていて映っている芸能人の話題に食い付いた場合とか、街中でふと何となく目で追った人が男性だった場合とか、酷い時は仕事の合間に届いたメールを数分返してなかっただけでこうなるんだから堪ったもんじゃない。スイッチが押されればその後はもう、この状況だ。私に抱きつきその歪んだ独占欲をこれ見よがしに晒していく。しかもそれが理不尽で一方的なのだから此方としてもどうしようもない。いくら私が否定しようと疑心暗鬼に陥る彼の耳には届かないのだ。
これを終わらせる方法は、
ただひたすら彼が落ち着くまで待つこと。
これしかない。正直面倒臭い。まぁでもそれだけ愛されてるって事なんだけど、やはりそれだけで片付けられる程、私は出来た人間ではないので此方としても彼のこの行動は非常に厄介な所である。
「イルミ。もういい加減に、」そこまで言った所で私の話なんか先程からちっとも聞いてくれない彼は、この前だって出掛けた時に通りすがりのあの人を見てた。とか知らない男と楽しそうに話してた。とか色々とごちゃごちゃまたぶつぶつぶつぶつ言い始める。もう私にどうしろってんだい凄腕暗殺者様よ。私はその綺麗な黒髪のつむじを眺めながらずきずきと響き始めた偏頭痛に額を押さえるしかなかったのだった。
「▲▲。俺の事好きなんだよね?」
「好きだよ。でもイルミは私の事嫌いなんでしょ?」
「…あれは嘘だよ。でもそもそも▲▲が、」
あーあこれあと1時間は続くぞ。