トントンと扉を叩くと、どうぞ。と●●先生の声が返事をした。他の先生が担当するかもという心配も無駄な心配だったようで、だだっ広い部屋に机が1つ置かれていて、向かい合うように置かれた椅子の片方に●●先生がこれまた脚を組んで座っていた。
「●●先生今日はヨロシクお願いします」
「サボらずに来たのは偉かったわね」
冗談なのか本気なのかはわからなかったが、先生は意地悪そうにニヤリと笑った。こんな表情、オレしか見たことないかも。なんて思えば頬に熱が上がった。やばい、ヘタなこと昨夜に先生をオカズにするんじゃなかったと今更後悔しながら、向かいの椅子へ腰をかける。
「これね、今日の課題」
10枚程度のプリントが重ねられているのを見て、思わずうげえと声が出る。不服そうにはあ。とひとつため息をついた先生は、あのねえ。とまた頬を膨らませる。
「朝になっちまいそォ」
「幸い明日は土曜日ね」
「オレは朝から部活ですけどォ」
「ココがホテル代わりなら、ギリギリまで勉強できていいじゃない」
こんな押し問答はどうやら想定の範囲内らしい。ぐい、と両手で頬杖をついた先生の顔が近くに迫って動悸がする。
「それじゃ、先生の労働時間がまずいんじゃないですか」
「ああいえばこう言うその口を縫い付けてしまおうかしら」
どうやら途中で帰るという選択肢さえないらしく、夜までかかれば夜まで一緒ということらしい。
「なんつーか…逆に特別扱いされてる気分」
「特別扱いなんじゃない?他の子は0点でもこんな補習してないんだから」
オレ、脈アリかも。と思わず呟いてしまいそうだった。その言葉をなんとか堪えて、嬉しー。とだけ言っておいた。敢えて棒読みで言ったが、心の底から嬉しい。
「スポーツしてても社会に出ても英語は必要でしょう?」
「そんなモンですかね?」
「はい。そんなモンです」
にっこりと笑顔を浮かべた先生の周りにはピンクの花がたくさん咲いているように見えた。
「ささ、取り掛かるよ!分からないところがあったら聞いて」
「大体ワカリマセン」
「まずは読んで自分で考えてみなさい」
ハーイと適当に返事をしてプリントへ向かうも、つい先生をチラチラと拝んでしまい全く集中出来ない。元から何を書いてあるのかすらわからないのに、わかるところまでわからなくなってしまいそうだ。
「先生、腹減った」
「これが終わったらね」
「…手作り弁当?」
持っていた文庫本で頭を叩かれると、そんなわけないでしょ。と笑った。
え、何この時間。いい感じすぎるだろ。
「先生、」
「もう、次は何?」
「……オレにもチャンスってありますか」
「?…何のチャンス?」
「それはァ…、オレがァ、オオカミになれるチャンス」
がおーと両手を構えたら、先生は笑いながら何小学生みたいなこと言ってんの、とまた頭を叩いた。リアル狼じゃねぇっての。
「先生がポコスコ叩くからバカになりそォ」
「バカさえ言わなきゃバカにはなんないんじゃない?」
さ、早く。と急かされるように、綺麗な細い指に挟まれたプリントが目の前にひらひらと揺れている。ああ、その指でオレのコレも触ってくんねェかなァ、なんて。