▲秘密の花園
子供の頃から話を聞かないとよく怒られていた。
私の頭の中は複雑で、片付けなくてはいけない問題や記憶、思考などを並べた時に皆は片付ける引き出しや優先順位ってやつがあるのだろうけれど私の頭の中にあるそれは、とてもとても大きな図書館のような場所で。莫大なそこに分類して整理していくとそれは時間がかかる。 例えば課題をしなさいと言われると、目の前に広げられるのは今から取り組む課題の問題と別に、それを持ってきた教師の顔や仕草や服装のシミ汚れ。廊下の影から隠れてこちらを伺う両親の姿。その表情、状況。目に入る全ての情報処理から始まるのだ。そうなった時に私はプツリと飛んでしまう。
そして気づけば気が済むまでその図書館にいるのである。
「あ、おかえりー」
ぱちりと瞬きをすると部屋にイルミがいた。ソファに寝転び飛んだのが朝の事で、窓から見える空はもう赤く染まり始めている。随分長く飛んじゃったみたいだ。「いつからいたの?」「15分前くらいかな。コーヒー淹れたよ」はいっと渡されたマグガップの湯気がふわりと天井へ消える。15分前と言ったが彼が家に入ってきていつ戻って来るか分からない私が飲むのを想定した2人分のお湯を沸かしコーヒーを淹れるその流れは不自然だだとすると「ストップ。また飛ぶ前に仕事の話。いい?」ずいっと目の前に現れる無表情の顔に私の思考は一時中断する事にした。
彼は仕事の関係で知り合った良い顧客だ。能無しの私ができる仕事なんて限られており、全うに働く事を諦め無駄に特化した記憶力と状況確認の頭を使って情報やのようなことをしていた。お客は意外にも警察マフィア国のお偉いさんから彼のような暗殺者まで、金になる仕事にはなっている。
まぁ彼のように家まで上がり込んでくるのは例外中の例外だが。
「それじゃあそういうことでまた宜しくね」
案件を言い終えた彼が出ていこうとするのを「毎度ありー」と見送る。そのままドアを出るかと思ったのだがふと何かを思い出したように彼は立ち止まり、私の家の冷蔵庫を指差した。
「いつもみたいに適当に入れてるから食べなよ。まともに食べてないでしょ?」
ありがたやありがたやと拝むフリをすると顔を上げた時に彼はすでにいなかった。ほんと、面倒見いいんだよなぁあの人。彼が私に利用価値を見いだしているから殺されてないものの、飛んでる間に殺されてもきっと気づかないだろう。
でもなんだかそれは凄く幸せだなぁなんて思ったりしちゃったり。
ふふっと笑うと私は冷蔵庫の扉に手をかけた。
昼前に彼女の家に入ると案の定いつものようにソファで横になりを天井をただただ見上げていた。声をかけても返事はない。まぁ所謂"飛んでる"ことは執事からの定期連絡で知ってたけど。前髪を撫でても彼女は俺を見ない。本人曰くこの小さな頭の中に大きな空間があってそこにいるのだとか。
「ねぇ俺もそこに入れてよ」
もちろん返事はない。ぐぐぐっと針を刺そうとしても押し返されるのはとっくに知っている。本人は知らないようだが彼女がこの状態の時、あらゆる攻撃が通らない。恐らくそういう制約と誓約をかした念能力なのだろう。髪や唇に触れたりできるのに、支配しようとすると何も効かなくなる。起きてる間に針を刺そうかと何度も思うが、彼女の能力自体はまだ利用価値が高く俺の独断でした事で父さんからドヤられるのも面倒だ。無くすにはまだ早い。それが今のところ"うち"が出した結論なのだから。
ああ気に入らない。
俺の知らないそこでお前は何をしているのか。
いっそその状態のまま海にでも放り込んでやりたいなんて思うけど、きっともがいて俺に助けてと手を伸ばす事もなく海に沈んでいくこいつを想像するとさらに腹立たしくて。
額に軽く口づけをした俺は何も入っていない冷蔵庫を埋める為に、らしくもなく部屋を出るのだった。