今日の私は久しぶりのちゃんとした休日だった。
昼過ぎまでゆっくり寝てやろうなんて意気込んではみたものの、結局テンションがあがり早朝に目が覚めてしまうのが私のいつものパターンで。びっくりするほど子供の頃から変わらない。
せっかくならばと数週間ぶりに部屋の大掃除をし、一息ついた頃にはもう昼前。デリバリーでも頼んで昼飲みしちゃう?なんて考えながらソファに座り何気なくテレビをつけると、流れていたのはこの頃巷で有名な肉料理のレストランを頭の悪そうな女性タレントが割り増しの表情とありふれたコメントで紹介しているワイドショーだった。大袈裟でわざとらしいそれを見て一瞬は鼻で笑うが、笑うのだが、笑ってしまってあれなのだが。
気付けばもう胃袋が肉を欲しているのだから恐ろしや費用対効果。
家から一番近いのは小汚い親父がやってるダイナー。
ここは安くて気軽だがステーキはまるで草履のように硬い。犬は大喜びの噛み応え。街まで出ればステーキハウスがあるけれど、いやでもでもでも待って。
私が食べたいのはこの、目の前の画面の奥にあるこの料理なわけであって。通常よりトーンの高い声で「オイシー」なんて言ってるこの女みたいに、私も恥ずかしげも無く言いたいのだ。
仕方ない。秘密兵器を発動するか。
がばりとソファから立ち上がった私は急いで携帯を手に取るとすぐさま通話履歴の一番上に常に鎮座している幼馴染の名前をタップする。案の定、数コールで電話口に出た彼に開口一番「あのぉ、一生のお願いがあるのですが」私は泣きつくのだ。
「お前の一生のお願いこれで何百回目?」
それから1時間後、私はあのレストランの前にいた。
幼馴染の彼は電話口でこそ「行かない。別に俺は食べたくない」と面倒くさそうにしていたが結局はいつだって迎えに来てくれるのだ。
それを見越して一方的に電話を切られた後でも即行で出かける準備を始めた私が、家の前に奴の車が停まるのを確認すると計画通り・・!なんてにちゃりと笑い奴からは調子に乗るなと結構強めに頭をド衝かれるまでが恒例の流れである。
ちなみに本人には口が裂けても言えないが、なぜこういった場面で奴を呼ぶかというとちゃんと理由があるのだ。
私が友達が少ないからとか彼氏にフラれて半年間出会いなしだとか様々な要因はあるけれどそれはひとまず置いておき、そことは根本的に違う、れっきとした理由が。
「お待ちしておりました。どうぞ此方へ」
これだ。
深く深く頭を下げる支配人らしき男性は先程のテレビにはとんでもなくドヤ顔でビジネスカタカナ用語を乱用していた意識高い系の人だったのに、目の前のその人は心なしか顔が真っ青で冷や汗がだらだらと流れている。「並ぶと思ったのに」「うちのが連絡入れてたんじゃない?」よかったね。とズカズカ店内に入っていく奴の後ろを追う。やっぱこいつの家こえーなんて思いながらもこの甘い汁を長年吸い続けている私はとっくに中毒者だろう。
だってどこかへ行きたいと言えば有能な執事さん達が十中八九事前に手配をしてくれていて待つことや入れないなんて事はないし、買い物だってちょっと選ぶの付き合ってなんて言い方で頼めばどんな物でも安かろうが高かろうが支払いの心配も無い。いやはや最高の幼馴染だからである。親のコネクションくそ感謝。
「あとイルミにも感謝」
「何言ってるのさっきから」
「いやぁゾルディック家まじで永遠に繁栄して末代まで我が家と仲良くしておくれ」
「馬鹿な事言ってないでさっさと座りなよ」
自分がクズなのは自覚済み。
しかし私は今まで3度ほど彼の婚約者と名乗る女に刺されている為、これはウィンウィンだと言い聞かせている。
「何食べたいんだっけ?ステーキ?」
「ラムシャンク!グレービーソースごりごりのやつ!」
私の注文にイルミは一瞬嫌そうな顔をしたが「じゃあそれ二つとこのボトルね」と注文してくれる。「悪いねぇ」「悪いと思ってないくせに」「今日は久しぶりオフだったから一緒に遊びたかったんだよ」「ふーん」そこからはお互いの近況や家族の事など取り留めの無いやりとりをしていればすぐに料理はきた。
目視だけで柔らかそうに感じる肉につやつやのソース。付け合せのマッシュポテトまで旨そうで私の胃袋がぎゅるると鳴きだし、喉はごくりと唾を飲み込んだ。声にならない叫びで歓喜する私とは対照的に通常営業で無表情はイルミは私を見ながら「早く食べな」と冷めた視線を送ってくる。言われなくても食べるに決まってんだろ。小躍りしながらナイフを肉に入れるとナイフいらないじゃんて程にとろける肉。ひえーやべーと騒ぎながらフォークに乗せたそれをついに口の中に入れようとした。その時だった。
「そろそろ結婚しようかと思うんだよね」
とんだ衝撃発言である。
突然すぎるその報告に食欲よりも驚愕が上回った私はつい動揺して手元が狂い、静かな店内にからんからんとフォークが落ちる音が響く。「あーあ何やってるの」すぐさま真っ青な顔のウェイターさんが新しい食器を持ってきてくれたがそれを受け取ってすぐにでは気を取り直していただきます!なんて出来るほど私は器用ではない。
「えっえ?え?今?なんで今?今言う?」
と奴を見るがいつもの通りの様子で「なんとなく。言いたくなったから」と。そうか、そうか。いやいいよ?おめでとう。それはそれで本当におめでとう。ただ私の腹ペコ期待値がマックスに上がった状態でそれを言うとさ!ほら!今からどんなに美味しいものを食べたって霞むじゃん!幼馴染からの突然の報告に頭の中では総ツッコミがとまらないが「そ・・っかぁ!おめでとう!」口にしない私はなんて懐の大きいことか。
「式とかはするの?」
「母さんはして欲しいみたいだけど、▲▲はどう思う?」
「えーわかんないけど、お嫁さんはしたいものなんじゃないの?」
なんかこう節目っぽいじゃん。と付け加えるとイルミはこちらをじっと見たままふーんと何やら意味深な視線を送ってくる。「なに?」「いやお前もそういう事考えるんだなって」「わかんないけどって言ったじゃん」なんだか居心地の悪いその空気に耐えられなくなった私はここでようやく視線を料理に戻し、ぱくりと一口。うっっま。
「じゃあするよ結婚式」
せっかく口の中がお祭り状態なのに横槍を入れないで頂きたい。
「・・・いや、そういうのは嫁さんと相談しな?」子供の頃から思っていたことだがイルミは私に決定権を任せすぎだと思う。家族の為にが優先順位の圧倒的大部分を占めているせいか、他の事に関して興味がないのかなとは思っていたけれども流石にこれでは相手が可哀想だ。まぁイルミのそんな所に漬け込んで長年甘い汁を吸っている私が言える立場ではないが、「私に色々聞くより本人同士でちゃんと話し合った方が絶対間違いないんだから」そこらへんはちゃんと言っておかないとまた逆上した女に刺されかねない。2度あることは3度あるなんて聞くけど4度目は本当に死ぬ気がする。
「してるだろ?」
「いや私じゃなくて、」
「してるだろ?」
すっとイルミがこちらを指差す。「オヨメサン」思わず振り返ったが、そこにいるのは顔面蒼白のウェイターさんが壁際に2人。ちなみにどう見てもどちらも男性だ。えっ?!と思い反射的に目が合ったほうのウェイターの彼に「オヨメサン?」と私も指を差してみるが、まるで取れるんじゃないかとばかりの速度で首を横に振られた。だよね!
「何やってんのお前」
「いや待ってまだ全然よく理解できてないけど、どれ?どれがお嫁さん?どっち?」
「これ」
「どれ!?」
「 こ れ 」
立ち上がりこちらへと前のめりになったイルミがむぎゅっと私の両頬を片手で掴む。嘘だろ。
「まふぁか、わたし、でふか」
まるでアヒルのようになった口をぱくぱくさせながら恐る恐る確信に触れる。嘘だろって。「変な顔」珍しくふっと笑ったイルミは私の顔を開放すると「痛い」「お前理解力がないからね」再びどかりと椅子に座りその長い足を組みながらこちらをじっと見つめた。嘘だ嘘だ嘘だって言ってくれ。
「俺としてはなんでそこまで驚いてるのかが分らないよ。俺がなんのメリットもなくお前の馬鹿みたいな誘いに時間と金と労力かけてたと思う?これは投資だよ。投資。▲▲には先々俺の子供産んでもらうワケだし、ある程度は優しくしてあげようっていう俺の優しさね。2回目に刺された時にもう薄々は気付いてたのかと思ってたけど」
まさか俺が付き合いの長さだけで優遇すると思った?と首を傾げるイルミの目はいつも通り真っ黒なのに、ぎらぎらしていて私を"女"として見ているのが嫌でも分ってしまった。これは本当に私の幼馴染なのか。こいつのこんな顔私は知らないし、今まで向けられたこともなかった。しかもさらっと決定事項かのように言われたけど私があのゾルディック家に嫁ぐ?んで子供産むの?イルミの?思考の処理が追いつかない。ちっぽけな脳みそがぷすんぷすんと音を立てて湯気が出ている気がする。
「いや待って。イルミの家あれじゃん。家族みんなで毒食ってるようなとこじゃん。私雑魚だから無理だよ死ぬ死ぬ子供できる前に余裕で死ぬ」
だから私じゃなくて、そう言いかけたのに「それは大丈夫」と予想外の反応をされたので思わず言葉を飲み込んでしまった。
そして私の想像しうる返答よりも遥かに斜め上を行く衝撃発言に私の頭はついにオーバーヒートするのであった。
「言ってなかったけど子供の頃から食事に行く度に毎回少しずつ盛って耐性つけさせてるから。そこら辺の猛毒では死なないと思うよ、お前」
だからこいつは!!
ほんとそういうのはさぁ!!!
もう理解力の限界だ。私は頭を抱えながらテーブルナプキンで白旗をあげるのであった。