※きもちわるいはなし
暗殺一家になんて産まれたくて産まれたわけじゃない。私が修行だ仕事だお仕置きだと心を殺して生きてきた間に同じ歳の女の子たちの大半はオシャレだ恋だ青春だときらきらした穏やかな毎日を過ごしていたと知ってからは尚更我が家に対するヘイトが溜まっていたのだと思う。
私の決死の反抗を思春期だからと両親が割と寛大に受け入れてくれたのには驚いたが、これは私が女だったからかもしれない。ミルキを筆頭に弟達も私を腫れ物扱いに近い感じだが放っておいてくれたのだが、唯一兄だけはそれを許さなかった。修行を投げ出して街に出かけたとある日。突然私を路地裏に連れ込んだのはその兄で。あろうことか言う事を聞けないなら針を刺すと脅された。その時は渋々従順になったフリをしたがこれは横暴である。納得がいかない。そんな脅しに屈する私ではない。かと言って立ち向かう力量はない。ならばと次の日、兄が仕事に行っている間に家族総員にかなり無理を言って全寮制の女学校に引越と入学させて貰ったのが14歳の夏。我ながら思い切りの良さは感心する。その頃から早4年。18歳になる私はそろそろ卒業なわけだが、今の悩みは今後どうするかである。家にはそれまで一度も帰ってない。
正確に言えば両親や曽祖父達には定期的に外で会っているし、弟達には頻繁にメールでやり取りくらいはしている。
私が距離を取っているのはあの兄だけだ。
私がしないのもあって兄から連絡はこないが私の誕生日に届く趣味の合わない服や靴はおそらく兄からの物だろう。
最初の2年くらいは友達にあげていたが、あげた子が原因不明の事故死をしたり行方不明になったりしたので人にあげることをやめた。代わりに燃えるゴミの日に捨てている。
卒業の半年前。
友人から週末に親が留守にするから夜に皆集めてバカ騒ぎしよう誘われた。他校の男の子達も呼んでるという。男兄弟で育った私は恥ずかしながらこの歳まで家族や仕事以外での異性と交流なんてしたことがなかった。殺すならまだしも一緒に遊ぶのだ。どきどきしてすぐに二つ返事でオッケーをしその夜はわくわくして眠れなかった。何を着ていこう、何の話をすればいいのだろう。どんな人がくるのかな。頭の中はお花畑。王子様が出てくるような夢までみたくらいだった。
それが…
それが、よくなかったのかなぁ。
「久しぶり。イルミ兄さん、だよね?」
目の前の男の子の顔がぐにゃりと曲がって見慣れた顔に変わる。足元で倒れている友達の頭には誰のかすぐに分かる針が刺さっていた。「久しぶり▲▲。今日はまた随分とめかし込んでるね。似合ってないけど」なんでこうなる事を危惧しなかったのだろう。
「睨まないでよ。お前はいつも可愛いよ。頑張ってオシャレしましたって感じでさ」
まさかここまでするとは思わなかったというのが正直な所で。約束の時間に友達の家に向かった私が見たのは、クラブ仕様にしたかったのであろう薄暗い部屋に持ち込まれたディスコライトがチカチカと煌めく室内に流れる爆音の音楽。床に散らかるチップスと割れたビール瓶。そこら中に倒れている知らない子達と、見知った友達。唯一立っていた男の子の手に握られている針を見た所で私の絶望は一層色濃くなったのは言うまでもない。
今まで放っておいてくれたのに、どうしてこんな事を今更。
「▲▲」
私の名前を呼んだ瞬間彼が動いたのには気付いたが、4年間普通に生活してきた私が逃げられるわけがなかった。ましては相手はあの兄だ。逃げ出す態勢になる前に私の腕が掴まれたかと思うとぐいっと引かれ抱きしめられる。「背が伸びたね」「きもい。離して」「俺に断りもなくいなくなるし」「兄さん以外の了承は得てる」「だから今まで見守ってあげてたよ。でも父さんはお前の事を買い被りすぎなんだ。俺が守ってあげないと何もできないくせに」は?うざ。その言い草に苛立った私は兄の胸元についている針を抜き取ると、首筋めがけて突き刺そうとした。「お前さぁもう少し頭使いなよ」まぁ止められるだろうとは、思ってましたけど。呆れ顔の兄からどうやって逃げ出そうか、頭を使えと言うのだから必死に考えていると「今回の事だって」私の思考を邪魔するように兄は続ける。
「酒飲んで騒いでそこら辺のガキに犯されて妊娠でもしたらどうするの?」
「お前は出来損ないでもゾルディックなんだから」
「おかしいなぁ前はもう少しだけ賢い子だったのに」
こいつこっちが黙っていればべらべらと…!
怒りに任せて私は兄の腹部に蹴りを入れるとその反動で腕を振りほどき一歩後ろへと下がる。まぁこんなのも効く相手ではないのは分かってるって。腹を押さえて蹲ってくれていればその間に逃げるというのに、案の定全く動じていない兄は「うーん」と呑気に何か考えるように天井を見上げたと思えば「あぁそうか!」とわざとらしく手を叩いた。
そして一方的に何を悩んでそう答えが出たのか分からないが突拍子も無い斜め上の言葉を発したのである。
「お前発情してるんだよ」
だからそんな薄い服でのこのこ来たんだろ?と言う兄にぞわぞわぞわと寒気がした。あまりにも生々しい表現だ。やめてくれ。私が戸惑いながらなんて言葉を返そうか悩んでいると不意につつつと手が私の腰に周りぐっと兄の方へ引かれた。なんだなんだと兄の顔を見ると今度はもう片方の手が私の頬を撫で、そして唇を触る。これは、なんか、やばい。まるで恋人にするかのような仕草に全身に鳥肌が立ちながら「兄さん、離しっ」逃げようとする私に目を細めた兄はーーー。
「仕方ないなぁ。兄さんが管理してあげるよ」
なんの嫌悪感も無さそうにさらりと言われた言葉の意図を理解した瞬間、初めて本気で恐怖を抱いた。それまでは家族という枠組みのおかげで私に対する執着も嫌がらせも少なからず寛容の甘いところがあったのは認める。それでもこれはありえない。こいつは本当に私を妹として支配しようとしての発言なのか、それとも女として支配したいからこういう事をするのか。藻掻き暴れる私をものともしない兄はソファに押し付ける。すぐ真横に転がる死体と目が合った。
無理、無理無理無理無理。
「俺はお前が心配なんだよ」
少なくとも私に向けるその顔はただの男にしか見えなかった。死ね。