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半年ほど前。姉の婚約が決まった。
しかも相手はあのゾルディック家の長男だとか。
ゾルディック家といえば有名を通り越してもはやコンテンツ化してるほどの伝説で、私達も同業の一族とはいえ遥かに格上の存在との縁談なんてものはよくもまぁそんな奇跡が起こったなというレベルなのだ。
三日三晩お祭り状態でお祝いをした後すぐに私達に訪れた試練と言うのは他の同業者一族から姉を守ることである。
正直、舐めていた。そりゃああのゾルディック家。妬み嫉みを買うのはどこか覚悟していたがこうも面倒くさいとは。
元々血の気が多く品性とは離れた存在である我が成金一族は最初でこそ返り討ちだと夜通し目をぎらぎらさせていたものの、1ヶ月もすれば姉の方が「婚約を破棄したい」と嘆き始め、2ヶ月もすると一族全体に漂う疲労感。どこからともなく聞こえ始める「もういいんじゃないか」の声。
私は激怒した。
何故なら私は姉を家族で一番愛していたからだ。
婚約が決まってからと言うもの姉は家族の、そして何より夫となるなんとかゾルディックとかいう奴の為に
文字通り死に物狂いで毒を飲み作法を学び容姿や気品を磨いていたのだ。
暴れ騒ぎ壊すしか能が無い女としては利用価値ゼロの私とは雲泥の差で、どこに出しても見劣りしない素晴らしいレディになったのだ。
それも努力の賜物でだ!それがなんだ疲れたってなんだ。四の五の言ってないで刺客なんて全部殺してしまえばいいんだ。
そもそも齢22歳の姉に突然毒の耐性をつけろなんて無茶を言うくせに守りもしない男はなんなんだ。
あぁ苛々する。全てに苛々する。
「▲▲、もういいのよ。ごめんね」
自室で静かに涙を流す姉に私は抱きついた。
そんな事言わないで、私になんて謝らないで。
私はなんだってするから、お姉ちゃんの為なら、なんだって。
「ってことで直談判に来ました。義理兄さん」
「殺しに来たの間違いじゃなくて?」
ゾルディック家。住所なんて調べるまでも無くバスツアーまであるふざけた伝説の一族の家に行くために、ちゃんとネット予約でツアーの参加した私は門を開けて中に入るとそのまま無駄にでかい山の奥のその屋敷を目指した。
しかしその道中で気付いたのだが困った事に私は長男の顔と名前を覚えていなかった。
婚約が決まった段階で家族から先方の家族構成を説明されたのはなんとなく覚えているが、うーん。確か、えっとあの、・・あぁ!これだからお頭が弱い!と自分を叱咤してもここまで来て引き返すわけにもいかない。
とりあえず適当に聞くかぁなんて考えながら前方をみると長身でえらく長い黒髪の色の白い男が私を待ち構えているのを確認する。
無表情な顔は遠くからでもちゃんと私を捕らえているのがわかった。警備の奴か?まぁいいか。なんて思いながら私は踏み込む足に力を入れた。
暗殺一家に産まれたものの、私はてんで隠密行動が苦手だ。いつだってできることは正面突破。
男の間合いに入り込むと振り上げられた手を避ける、のに後ろに下がる頭はないもので。素早く身を屈め腰に抱きつきタックルをかます。
空を切った腕が再度私の脳天目掛けて振り下ろされる気配がしたのでそのまま顎を割るために頭突き。
で、失神してくれたらよかったのになー。
「わーびっくり。めっちゃ強いっすね」
気付けばぐるりと視界が反転し腹部にでかい衝撃がきたと思えば私は背後の木にめり込んでいた。この木がなければきっと数メートルは吹っ飛ばされていただろう。ありがとう大自然。
男はというとさも悠然とした様子で私の目の前まで歩いてくると「よく喋れるね」と顔を覗き込んでくる。「ぶっちゃけきついです。あばら折れてるんで」あははと笑うと体を駆け巡った痛みが肋骨からくるものか背骨からくるものか分からないレベルでしんどい。
「じゃあ殺してあげようか?」
男の言葉に私はきょとんとするしかなかった。
「選択肢くれるの?お兄さん優しいね?ちょっと優しいついでにお願いがあるんだけど、
死ぬ前にゾルディック家の長男?一回殴りたいんだけど、手伝ってくれない?」
そしたらあと殺して良いから。
私の言葉に男がきょとんとした。
やだなに。可愛いじゃん。