それは数ヶ月前のことだ。
営業をかけている先へ訪れた際、いつもの方が約束を失念して外出されてしまったとの事で、代わりの方とお話しする事になったことから始まる。ここの会社とは正直ちょっと契約になるのは難しいかな、という印象だった。ましてや担当に忘れられ、代わりの方ともなると尚のこと。
「例えば、弊社がこちらの商品を発注したとしたら、何か●●さんに歩合手当の様なものはつくのでしょうか?」
まさかその一言で今までの流れがひっくり返るとは思ってもいなかった。
「はは、そんな事を聞かれたのは初めてです。僅かではありますが、無くは無いですね」
ほう、と嬉しそうな笑みをこぼした代わりの方は、では、と続ける。
「契約しますから、一度飲みに行きましょう」
「ありがとうございます!是非」
この時の契約しますの言葉は、キャンセルされることもなく間も無く実行された。
「それにしても●●さんとこうして夜を共に過ごすことができるなんて思ってもみませんでした」
「ジェイドさんは何故だかとても変な言い回しをされますね」
「変な言い回しとはなんでしょう」
「ほら、そろそろグラスが空きますよ。何か頼まれますか」
「そうですね、では今●●さんが飲まれているものと同じものを」
バーテンダーがかしこまりました、と私の目の前にあるカクテルと同じ色のカクテルを作り始める。価格ははっきりしないが、安くは無いお店でしっかり飲んだ辺り既に歩合の旨み部分は消えている事だろう。しかし勧めないわけにもいかず、かたや勧められれば断る理由もない。弊社は給与も低いし接待費用と通らないんだぜ。と伝えたい気持ちをグッと堪えた。
「ジェイドさんはお酒お強いんですね」
「ふふ、何故そんな残念そうなんでしょう」
「いつも完璧だから…酔った姿を見てみたかった、と言ったらまた笑われちゃいますね」
「おや、それは何かを期待されているのでしょうか」
残念そうなのはお財布が寒くなってきたからだとも言えるはずもなく。しかし、これからもご贔屓にしてもらえればその方がプラスに動く訳だから、今回は必要経費と自分に言い聞かせる。
「して、今日はどちらに?」
「どちらに、?とは、どういう意味でしょう?」
「営業所は隣の県ではありませんでしたか?それでしたら●●さんのご自宅もその付近では無いかと思いまして」
「ああ、そうですね。でも結構遅くまで電車動いてるんですよ」
「それは危ない。今すぐ宿を取りましょう」
「え、いや、大丈夫ですから!今日出張申請していないので!」
スマホを取り出すジェイドさんの両手を抑えると、ふふ、と笑いながら綺麗な指で着実にホテルを予約していた。
「●●さんに請求したりはいたしませんよ」
「え、いや、でも…」
「その代わり、もう一件付き合っていただけますか」
連れて行きたいお店があるんです。とにっこり笑うジェイドさんのご好意に首を横に振る事もできず、あれよあれよと着いて行った先がまさか私が泊まることとなるホテルの1階で、ましてや同室2名予約されていたことを知るのはこれから1時間後の話だ。