▲すりおろしりんごと誘惑

「なあ、お前今日ヒマだよな」
18時もすぎた頃、いつのまにか目の前にいた男は日頃の気だるそうな目を嘘のようにギラつかせて私に問いかけた。
「ちょっと、確認しますね」
「ついて来い」
拒否権は存在しなかったらしい。私の前を歩くゆらゆらと揺れる尻尾を追いかける。昼間、良く寝て過ごしてるからかいつもより動作も軽快である。
「尻尾って可愛いですよね。私も欲しいです」
「おちょくってんのか」
「おちょくってはないです。ただ匂いは嗅いでみたいですけど」
純粋に思ったことを言っただけだったが、浅黒い肌がブルーに染まる程度には引かれた様だ。私は肉球の匂いは嗅ぐタイプの女なんだ。あの香ばしい香りは永遠に嗅いでいたい。

そうこう言っていれば学園を抜け、市街地へ迷い込む。こんなところどうやって来たんですか私たち!と聞いても、お前も歩いてたじゃねぇか、と呆れられるだけで、私は今どこにいるのかすらわからない。
「学園の近くにこんな栄えた場所なかったような」
「どうでもいいだろ、そんなん」
そう言いながら小さな建物の扉を開く。
「いらっしゃい、レオナくん」
来ると思っていたよ、と店主?らしき?男はテーブルを挟んだ向かいのチェアーを指してどうぞ、と言う。レオナさんが当たり前のようにそこへ腰を掛たので、私も隣に座ったが足が届かないのはどうやら私だけらしい。
「フッ、ちっせぇな、お前」
「小さくて可愛くてしょうがないようですね」
「そこまでは言ってない」
店主らしき男にいつもの、と言うあたりかなり通い詰めているのだろう。彼女は?と聞かれメニューもないままどうしたらいいのか狼狽しているとコイツも同じのでいい、と隣から低い声が響く。
「同じのはやめた方がいいんじゃないかな。りんごは好きかな?」
「はい、だいすきです」
「よかった。…あ、君は▲▲ちゃん、だよね?」
「どうして名前…」
「ふふ、レオナくんから話は聞いてるよ」
おい、とレオナさんの静止がかかったタイミングで、レオナさんと私の目の前におしゃれな何かが置かれる。その色味や香りで酒だと確信する。
「私未成年なんですけど」
「?…だからなんだ?」
「あ、えっと…私の元の世界では未成年はお酒飲んじゃいけなかったので…」
そうだったのか、と言いながらレオナさんはそれに口をつける。なんて絵になる男なんだ。
「ジュースにしようか?」
「いえ、大丈夫です」
私もグラスに唇をつければ、すりおろされたりんごの中に芳醇な酒を感じる。私はまだまだお子ちゃまで、どちらかといえばすりおろしりんごの状態で食べたかったな、なんて思った。
「して、どうして私をここに?」
「コイツがお前を見たかったんだと」
「うん、想像以上の人で安心したよ」
「そんなに私の話を…?」
「うるせぇな、お前は」

時も経ち、レオナさんと目が合わなくなったのは何故だろうか。彼が4杯目を飲み干す頃からまるで目が合わない。なんやかんやでグラスの中身を飲み切る頃には美味しいと思い始めていた酒漬けのすりおろしりんごも2杯目が無くなりそうになった頃、レオナさんは立ち上がる。
「そろそろ戻るわ」
レオナさんが机にお札を置いたところ見てハッとする。やばい、現金持って来てない!そんな焦りを察したのか、お前の分も入ってるから焦らなくていい。と鼻で笑ったこの人感じ悪いけどかっこいいわぁ。
「レオナさんごちそうさまでした」
案外酔わないものだな、と思っていたけど、外気に触れた瞬間世界がナナメに傾く。うおっと、とついつられて傾いた私をレオナさんは想定の範囲内とでも言いたげな涼しい顔で抱き止める。
「う、お、す、すいません…」
「危ねえな、お前」
こんなに近くでレオナさんの顔を眺めたのは初めてだった。耳元に掠める吐息が妙な気を引き起こしそうだ。
「▲▲、歩けるか」
こんな時に限って名前で呼ぶのはわざとなのだろうか。はい、だいじょ〜ぶれす〜という自分ですら嘘っぱちだとわかる返事をする私を抱き上げるレオナさんはまるで王子様みたいだ。
「こんな狙い通りになってんじゃねぇよ」
「…へ?」
「俺以外にはのこのこついて行くなよ。今日はどっか泊まってくか」
「外泊申請してません」
「そう言う時だけしっかりすんじゃねえよ」
目を覚ました時、学園ではないどこかに居たのはまたその後の話