▲据え膳

今日は兄ちゃんと三郎が泊まり込みの仕事に出ている。当然俺だって一緒に行きたかったが、サッカーの試合が今日は外せずなくなく諦めた。しかし、今日は良く疲れた。誰もいない家へただいまと一言かけて扉を閉めてすぐに施錠する。これは兄ちゃんの言いつけなのでちゃんと守っている。さっさとシャワーを浴びて、カップ麺でも食べようかと湯を沸かし始めた時分、インターホンが鳴る。グツグツと言い始めたケトルを横目に、ハイハイとモニターに目を向ければ▲▲さんが手を振っていた。
「こ、こんばんは」
「おっ、ナイスバディーだねー」
「わっ、あっ、すんません!短パン履いてて良かったっす」
「ちょっと見たかった気もするけど。ねね、入っていい?」
どうぞどうぞと招き入れる。▲▲さん、よりによって今日来るなんて…。リビングへ直行する▲▲さんを放って、脱衣所でTシャツだけ引っ掛けて戻る。
「あーん、着なくていいのに。気遣わないで」
「今日兄ちゃんと三郎泊まりなんですよ」
「いやーん知らなかった、じゃあ2人っきり?」
「はい…なのでシャツは着ておきます」
「尚のこと、みたいなトコあるけどね」
「何言ってんですか」
地の色に近い色で装飾された唇がぬらぬらと光っていて、その色っぽい唇からセクハラまがいの発言が繰り返されるこの状況、心底短パン履いてて良かったと思う。
「え、何、今日ジロちゃんカップ麺なの」
「あ、はい」
「私ももらってい?」
お腹すいちゃってさーと机に伏せる▲▲さんはこっちの気も知らず、本当に自由な人である。
「ストック、あとチャンポンぐらいしかないんすけど」
「チャンポンいいね」
いつの間にか沸いていたらしいケトルのお湯を注いで2人でいただきますと麺を啜る。色気のない食事ではあるが、計らずも▲▲
さんと2人きりという状況のせいで、この乾麺の味は全くわからない。
「てかじゃあ今日ジロちゃん1人?」
「ハイ」
「寂しいじゃん!私泊まっていい?」
「いや、その、いや、」
「えー何嫌なん」
「嫌、嫌とかじゃなくて…」
「え、待って待ってわかった!ジロちゃんいやらしいねー」
いつの間にか食べ終わっていたらしい▲▲さんはシャワー借りるねーと勝手に浴室へ向かった。許可してないけどどうやら▲▲さんは今日ここへ泊まるらしい。こういうの、何て言うんだ。ラッキースケベ的な?
「ねぇジロちゃんやばーい」
「なんですか」
「パジャマ無いや!貸してよ!」
「えっ」
「デカ目のTシャツ1枚あれば事足りると思うんだけど…あ、白以外ね!」
ハイッ!と気持ちの悪い返事をしてしまったが、俺は悪く無いと思う。俺の手持ちの中から一番大きいと思われる青色のTシャツを脱衣所へ置いて、ココ置いとくんで!と声を掛けてそそくさと逃げる。この人のことだ、突然扉を開けてくるに違いない。程なくして、ガチャっと扉の開く音がして、その奥からさんきゅーと聞こえたあたり俺は伊達に▲▲さんファンやってねぇなと思った。
「ね、どう、セーフ?」
さっき差し出したTシャツを着用し、両手を広げて俺にお披露目してくれる▲▲さんは本当に危機感がないと思う。
「両手は広げない方がいいかもしれません」
「やーだ顔赤くしちゃって!うけるー」
▲▲さんと会った瞬間にサッカーの疲労などどこかへ行ってしまったが、代わりに▲▲さんからの茶化しが酷くてこれはこれで疲れる。一々こっちは気が気じゃないのを理解してほしい。
「うけねぇよ」
「ジロちゃん怒っちゃった」
「怒ってねぇけど…俺も男ってこと、▲▲さんわかってます?」
「わかってるけど。逆に、私が誰にでもこんな姿見せると思ってる?」
鼓動が早くなるのを感じる。これは、そういう意味?待って、思考が追いつかない。自覚するほど赤くなった顔を両手で隠せば、▲▲さんはケタケタと笑っている。なんで笑ってんだよ。
「しないの」
「俺がそんな勇気のある男に見えるかよ…」
「日頃はね。でも今日は見えないかも」
気づけば俺と同じ匂いを纏った▲▲さんが目の前にいて、両手が重なった後に重なったのはあの艶めかしい唇で。もしかしたら俺は▲▲さんに都合良く遊ばれているだけかもしれない。それでも。
「▲▲さん、好き」