▲Échapper à la nuit


私の家系は代々クリーンサービスを生業にしている。
表向きではその名の通りの業務内容。
企業から個人宅まで幅広く片付けや掃除廃棄処理を専門に、人がやりたがらない仕事で金を貰う。
素早く綺麗に丁寧に。尚且つ環境にも優しい会社です。と掲げている私達だが、まぁこれは表向きの話である。
いつの時代で何代前からコレを専門職にしてきたのかは定かではないが最初は別の意味での"清掃業"だった。言っておくが殺しは基本専門外だ。あくまでメインは清掃。平和そうな昨今だが人を殺せる奴なんて馬鹿ほどそこらへんにうじゃうじゃいる。これじゃあ商売にならない。
しかし片付けというのはいつだって面倒なもので、その"人がやりたがらない仕事"を私達は完璧にこなすからこそ業績はいつの時代も常に黒字というわけ。
というのも例えばギャングのようなゴロツキが道端で死んでいても誰も何も騒がない。
騒がれて困るような上級層のマフィアや政治家や宗教家、または名の通った芸能人やハンターなど片付ける対象のモノは概ね金が動く。
依頼をしてくる客はもれなく金払いの良い層だからこちらが上質なサービスで答えれば高確率でリピートしてくれるというわけで。人の欲に際限は無いからこそ命を狙い狙われ片付ける。その歯車の中にいてもあくまで蚊帳の外である私達は止まることなく回り続ける、素晴らしい永久機関。栄え続けよ我が一族。
それでも時代に合わせて目立たず動きやすくするために今の表面上は清掃会社という形態へと変貌したわけだが、未だにその件の裏家業の方が稼げるのだから世の中物騒なのには変わりない。

「お疲れ様です。クリーンサービスです」
「あ、来た来た。いつも時間通りだね」

それじゃあよろしくねー。と間延びした声を出すこの男は有名な暗殺一家の長男らしい。
殺す専門の彼の一族と片付ける専門の我が一族は長い間お得意様関係を築いてきた。
昔は彼の父親であろう人物の現場に呼ばれる事が多かったが、最近では専ら彼が1人でいる事が多い。
年頃は私と変わらないだろう。私もこの頃ようやく独り立ちをし単品作業なら1人で出向することが多いのでどことなく勝手に親近感を抱いていた。

まぁ理由はこれだけではないけれど。

「ねぇ聞いてよまた俺の弟がさ」
「あぁ以前話していた彼ですか?」
「そうそう。この頃反抗期みたいで、」

現場となったホテルの浴槽で遺体を溶かしていると背後から声をかけてきた彼は弟君の愚痴、というより惚気に近いような話をつらつら語りかけてくる。
私は仕事を続けながら相槌を繰り返すが、また始まったなぁと心の中で苦笑した。

彼は、イルミくんは、変わっている。

お互い現場に出るようになった年頃から面識はあった。それでも会話は親同士がする引渡しの一瞬くらいで私達が話すことはなかったし、そもそも清掃を頼む人たちは基本的に自分達の足がつかないようにする為か、殺されたという事実を隠匿するためか、別の状況で殺されたという現場を作って欲しいという理由が主だ。
最後の場合遺体を運び出して保管や遺棄するタイミングを作る大掛かりなものだが、ゾルディック家からの依頼は、依頼の依頼であるからして大体が片付けがメイン。
しかもさすがプロというように血飛沫だらけで部屋の清掃やカーペットの調達など面倒な現場と違い本体を片付ければ済む本当にやりやすい優良案件ばかりだ。

そんな彼だがいつの頃からか私の片付けが終わるまで弟くんを中心に家族の話などだらだら駄弁った後、同じタイミングで現場を出て行くようになった。喋っているといえど作業はじっと見られるものだから心なしかやはり緊張するもので。終わったなら早く引き上げてくれれば良いのに、と何度思った事か。
最初は私がヘマをしないか見張っているのだと思ったがそうでもないのだろうと思うようになってきたのは最近の話である。多分、彼はこうやって話を聞いてくれるような人が周りにいないのだ。そう察するとそれを無下にするのもなんだか可哀想になり、あぁ情が移ってるなぁなんて思いながらもこうして今日も付き合っているというわけだった。

「それでは終わりましたので私はもう帰りますが、まだ残られますか?」
「いや俺ももう出るよ」

まるで最初から誰も泊まっていなかった。そんな状態になった部屋を2人で後にしてエレベーターに乗り込む。金額も階も無駄に高い部屋だったのでロビーに降りるまでも私達は他愛も無い話を続けた。

「▲▲。この後一杯飲もうよ」

隣から不意に言われたその言葉に一瞬どきりとしたが、私はゆっくりと降りていくエレベーターの数字から目を逸らさないまま「申し訳ありません。帰って報告書を出さなくてはいけないので」と答える。
ずっと、なんとなく、嫌な予感はしていた。「じゃあ明日は?」でもこれは気軽に乗ってはいけないのも分かっていた。「明日の夜はゼノ様からの清掃依頼が入ってましたよ」「そうなの?・・それは、だめか」しかし相手はお家絡みのお得意様。「じゃあコーヒーからでいいよ。明日の昼間空けて」さらには暗殺者で「申し訳ありません。本当に昼間はただの清掃業しているんですよ」下手に断ると私の首が飛ぶ。

「ねぇ」

物理的に。

すっと伸びてきた腕が目の前にあるエレベーターのボタンをまとめて押す。
あと5階降りればロビーだったのに、恐る恐る目をやれば見事に4階から1階ずつ停まるようにボタンが光っている。ひぇ、っと悲鳴が漏れなかった自分を褒めたい。そしてどうかタイミングよく人が入ってきてくれないだろうか。

「俺、今割と頑張って誘っているんだけど」

チン、と小さな音が鳴って扉が開く。勿論誰もいないし誰も出て行かない。「わ、たしには勿体無いお誘いですよ」声が震えないように必死に平然を装いながら閉めるボタンを押す。またゆっくりと下降するエレベーター。「まさかだけどさ」隣に顔を向けれないが、彼が私をじっと見つめているのだけはありありと分かってしまう。

「応えてくれないつもり?」

小さな音が再び鳴り停止する箱。また扉を閉めようとボタンに手を伸ばすと手首をがしりと掴まれた。
「▲▲」そのまま掴んだ腕を自分の方へ引く彼につられて体がそちらを向いてしまう。
目線を合わせまいと未だに俯く私に彼はまるで子供を叱る親のようにしゃがみこむと私の顔を見上げた。
ドアが自動で閉まり再び下へと降りていく。目が合った彼の顔はあまりにもいつも通りすぎて、まさかこの誘いは単なる雑談の延長がしたいだけでそれ以上のものは自分の思い過ごしなのだろうかとさえ考えてしまう。

「イルミくん」

この目は、私に何を期待しているのだろうか。

「また話聞きますから」

そっと彼の頭を撫でてみた。なんでそうしたのかは分からない。彼もきっと予想外だったのか体が一瞬硬直したのが分かった。「だから今回は、ごめんなさい」そのおかげで私のものとは違いさらさらなその手触りに内心嫉妬する余裕をもてたのも束の間で。
彼は私の言葉に少しだけ目を見開くと小さく溜息を吐いて、そして。

「だめ。もう決めた」

タイミングよくチン、とまた音がなり扉が開いたと同時に勢いよく立ち上がった彼。
そのまま腕を引かれ私はエレベーターから連れ出された。
どこに行くのか、聞くのも最早怖い。
頼むからどうかコーヒースタンドとかであってくれと願いながら私は必死にもつれる足を動かすしかなかったのであった。