▲溺れるように存在していた

私達の間に不満があったわけでも不安があったわけでもない。寧ろあのイルミ相手に"お付き合い"をしているのだから少しくらいそんな不安定な心情を持ち合わせていた方が正常なのかもしれないが、元来本当に驚くくらい何もなかった。

きっかけはただなんとなく。
本当にただなんとなくだけれど、彼への連絡を止めて自分一人だけの世界を作ってみようと思ったのである。

そんな意気込みと共に旅行に出たのが4日前の話。そして今日、私は目的地であるとある街に着いた。とはいっても此処に着くまでは最寄りの飛行場から飛行船に乗りっぱなしの直通なので、冒険と言うにはまぁ何もしておらず今からスタートだなという感じだ。
さて、と意気込んだ私は荷物を持ち直すとガイドブック片手に到着口へと向かう。せっかく知らない土地に来たのだ。まずは何か食べようかなとわくわくしながら足を進めていると、不意に目の前に誰かが立ちはだかった。

「なにしてるの?」

ゲート前で腕を組みこちらを睨んでいたのは紛うことなくあのイルミ本人。「え、なにしてるの?」てっきり1か月くらいは何も音沙汰無いと思っていた私にしてみれば本当にびっくり仰天まさかまさかである。

「それ俺が聞いてるの。遠方に行くなら行くでなんで連絡しないの?こんな田舎に何しに来たの?」

矢継ぎ早に攻められ私は益々混乱した。
彼が、怒っている。これは驚いた。
私達はお互い執着するタイプでもないし律儀に毎日連絡もしない。たかが数日連絡取り合わないのは当たり前だったからこそ、彼が私の旅を知っている事もそれを良く思っていなかった事も、ましてや現地に先回りしてまでわざわざ怒りに来たことも全てが予想外の展開なのだ。
まずそこから情報を処理を始める私に対して、すぐに返答が無いことが気に入らなかったのであろうイルミは「それとも、俺に言えない何かがあるわけ?」と威圧をかけながら此方へ一歩近寄る。

「これ、見たくなったの」

そう言ってガイドブックに特集を組まれているおすすめ秘境の天体観測と大きく書かれたページを見せると彼はさらに不機嫌そうな顔をした。

「こんなのに興味合ったなんて知らない」
「興味なかったよ。先週まで」
「どうしたの?なんで言わないの?」
「そんなに怒る?」
「怒ってない」
「別に私、一から百までイルミに何でも報告するような女じゃないじゃん」

そっちこそどうしたの?と最後まで言い終わる前にヒュッと風を切る音が聴こえ同時にゾワッとした怖気を感じた私は反射的にソレを避けた。まさか彼から脳天に針をぶっ刺されそうになるなんて。

「あっ…ぶな…何?」
「いやもう面倒くさいなー、て」

面倒くさいってだけで廃人にさせられるなんて堪ったもんじゃない。私は慌てて背後に数歩下がると彼と距離を取りながら「本当に深い意味は無いんだって」と釈明する。しかし彼の表情は解れない。
くそう。どっちの方が面倒だってんだ。

「ただなんとなく1人になってみたらどうなのかなって思っただけなの」

イルミがどうとかじゃなくて、私の問題。そう付け加えてみても彼の握られている針先はこちらを向いたまま。「それで?」しかも私にさらなる弁明を求める始末。全然納得はできていないようだ。困ったなぁ。これ以上の理由なんてないし。「別に。だってまだ飛行船に4日乗っていただけだもん」彼の顔は解れない。これじゃダメか。うーん、どうしよう。下手に取り繕ったり嘘をついてもどうせ彼には効かないし、下手したらそれこそ廃人まっしぐら。

ならここは素直になるのが一番かもしれない。

「でも、そうだな。客室でね、だらだら過ごしていて分かったんだけど最初からイルミと出かけていた方が楽しかっただろうなって気付いたよ。私は自分が思っているよりもしっかりちゃんとイルミが好きみたい」

今度からは最初にまず誘うね。そういうと一瞬目をぱちくりさせた彼は「そっか」とだけ呟くと私の手からキャリーケースを奪った。

「ほら案内してよ。見たいんでしょ、星」

あぁどうやら正解だったみたい。

「あぁ、そこね。僻地だからここからさらに小型機と長距離バス乗り継ぐよ」

ここ最近で一番嫌そうな顔をしたイルミは「もうプラネタリウムにしなよ」と言った。嫌よ。勝手に来たのはそっちなんだかちゃんと付き合ってよね。