「今日、寄っていきますか」
一体どういうつもりで、どういう気持ちでこの人はこの言葉を紡いだのだろう。しどろもどろに、「と、いいますと?」とどちらともない返答を返すのに精一杯の私とは反対に、赤葦は表情ひとつ変えないまま首を傾げる。
「そのままの意味ですが……ああ、俺の家に、です」
言葉が不足していましたね。と顎に手を置くこの人には多分私の気持ちなど到底わかるはずもない。
「それはわかってるんですけど」
「今日は両親共に帰りが深夜になる予定なので、もし▲▲さんの都合が良いなら寄って行かれませんか」
あまりにも淡々と言うのでそんな風には取れないけれど、これはそういうお誘いなのか不確かである。がしかし、普通のお誘いであればわざわざ両親不在を強調する必要もないあたり、矢張りそういうお誘いなのだろうと推測される。
「あ、じゃあ…折角なので…」
「それは良かったです」
どうやら赤葦の家の前だったらしい。扉に手をかける赤葦の後ろ姿を見ながら、いつも家を通り過ぎてまで私を送ってくれていた優しさに触れる。玄関を通り過ぎ、赤葦の部屋に踏み入れる。想像通りとても無機質な部屋である。
ついて程なくして差し出されたオレンジジュースを飲みながら、私たちは沈黙に包まれていた。日頃から極めて話す方ではないが、ここまで沈黙なのも不自然である。
「明日、休日だけど部活なんだよね」
「はい。ですが明日は15時で終わる予定です。体育館の設備の点検だとか」
「そうなんだ。じゃあ映画でも見に行く?」
「いいですね、そうしましょう」
沈黙に耐えきれなくなったのは私が先であったが、空気が変わったのはとても良かった。赤葦も少しは私に感謝してほしい。
「今気になっている映画はありますか?」
「今何やってるか調べよっか」
「はい。……あ、これなんてどうでしょう」
どれ、と赤葦のスマホを覗き込んで確認した後、面白そうだね、と赤葦を向けば、いつの間にか縮んでいた距離感につい驚いてしまう。
「わ、ごめ、」
「▲▲さん、」
避けようとする私の胸ぐらを掴んだあたり、赤葦も動揺しているようだ。
「あ、すいません」
「だい、じょうぶ」
「……離れてほしくなくて、つい」
その言葉と共に触れ合った唇は始まりの合図である。