▲Ōdī et amō
クローゼットを開けて今日のデートで着ていく服を見繕う。 この時がいつも私の頭を悩ませる。化粧の時間よりも服を選ぶ時間の方が長いと感じるのは過言ではないだろう。 服にこだわりや好みが無くて基本無頓着な私は常時スウェットでいたい人間なのだが、彼氏であるイルミが中々にハイセンスな人ゆえにそうはいかない。 なので専ら当たり障りの無い所の年齢に見合ったこれまた当たり障りの無い服を一式マネキン買いしている。
この頃は見兼ねた彼が色々とプレゼントしてくれるのだが、単品で渡されても今度はそれを手持ちのカードから選んで合わせるのが面倒で、 ショップバッグに入ったままクローゼットの中に鎮座している物が多々あるのは秘密だ。
「あ、やば」
ふと時計を見るとそろそろ決めなければまずい時間。 まぁ今日はこれでいいか。と何気なく私は手ごろな服を手に取った。深く考える事もせずに。
ランチをして彼の買い物に付き合って、お茶でもしようかとカフェに寄る。デートは、卒なく。いつも通り。だったのだが座った所で急にイルミが私の手首をがしりと掴んだ。「なに」意外と強い力で振りほどけない。「痛いんだけど」眉間に皺を寄せながら彼を見ると彼もまたじっとりとした目で私を見つめている。
だからなんなのよ。
「ずっと思ってたんだけどさ、今日の服似合ってないよ」
「イルミさいて一」
こいつそういう所あるよな。と思いつつ視線を落とし今日の自分の服を今一度確認する。 まぁまぁよくある普通のコーデだ。色も小物も普通に普通だし、奇をてらった物もない。
「そんなに変?割と安牌じゃない?」
「そういう服ってさ、もっと体型に自信がある人が着て映える物なんじゃない?」
「あ、本当に最低だこいつ」
「体のライン出すぎ。弱点晒してるようなものだよ」
「悪かったわね貧しい胸で」
腹が立ったので来たばかりの彼のコーヒーを奪ってやるが、取り返しに来ると踏んだ私の算段とは違いイルミは私の服を見つめるばかり。何よ。私の体が貧しいのなんて既に知っているくせに。
「その服さ、」
「まだ言うの?」
「俺があげた物じゃないよね。お前が自分で選んだの?」
彼の言葉に一瞬、ん??と時が止まった。そして再び視線を自分の服へ降ろすとゆっくり記憶を辿る。言われてみれば、自分が選ぶ物にしては少し男ウケ寄りな傾向が強い気がする。
これは、なんだっけ。
いつどこで買ったんだっけ。
何気なく思い出しているとすっかり忘れていた過去の遺物だと気付き思わず「あ、」と声が出た。 すると察したのかぴくりと顔が引き攣り途端に不機嫌な様子になるイルミ。
しまったと口を塞ぐも、もう遅い。
「へえ。俺のあげた服は着ないで前の男から買った服は着るんだ」
「そういうつもりじゃ。」
「いい度胸しているよ」
握られたままの手首が折れたんじゃないかというくらい力が込められ、 悲鳴をあげる間もなくそのまま引っ張られる私は無理矢理店から連れ出される。
頼んだ季節限定のパフェが運ばれてくるのを横目で気付きながら、私に成す術はない。 「どこに行くの?」と恐る恐る問えば「ここで脱がされたい?」と返答。
ひええめっちゃ怒ってる。やっちまった。私が悪いけど。
「イルミごめんね。全然何も考えずに着ちゃってた」
「▲▲は考えなさすぎなんだよ。そもそもなんでそんな服まだ持ってるの」
「それも本当に特に何考えてなかったとしか・・・釈明できず申し訳ない」
ずんずんずんと進む足がぴたりと止まると、彼がゆっくり私を見下ろしてくる視線が痛いほど突き刺さり私は逃げるように彼の足元を見るしか出来なかった。 怒っている。怒っているよなぁ。そりゃあなぁ。 元々この性格が原因で喧嘩になったり別れること辛いしなぁなんて思いながらどうしたものかととりあえず黙っていると、不意にイルミが「よし」と何かを決めたような声をあげる。
ん?なにを?と反射的に顔をあげると真っ黒な瞳が私をじっと捕まえていた。ぴえ。
「もう後から色々出てきても面倒だからとりあえず▲▲の家は無くすよ。 あと私物は全て買い直そう、俺が選ぶから。それと今まで付き合った男の名前か電話番号か社会保障番号教えて。全員分ね」
冗談、ではなさそうだ。 普通にお付き合いしているとつい忘れそうになるが、私は間違いなく歴代の彼氏の中で一番トップクラスにやばい人を引いている。 なんていっても彼の仕事は暗殺業で、家はあの一家。 だから後腐れなく気軽な関係だと思っていたけれど普段の行動や今のこの言動から察するに。 もしかして私めっちゃ詰んでない?どうしよう、地雷を踏み抜いて行く気しかしないんだけど。
「イルミってもしかして私が思ってるより私の事好き?」
「うん。好き。だからたまに殺したくなる」
あ、やっぱりこれ詰んでらぁ。