▲odddeadball
「あ、ミルキのお兄さん」
廊下の先にいたその女は俺の存在に気付くと軽く会釈をしながら此方に近寄ってきた。
この家には似合わないぼろぼろの作業着。更には泥だか煤だか油だか分からないが小汚いその靴で平然と我が家の敷物を踏みつけるものだから、俺は挨拶よりも先に顔を顰めた。こいつがただの使用人ならすぐに殺していただろう。
「また来てたの?」
「はい。ミルキの手伝いで」
▲▲と弟は数年前にネットを通じて知り合った仕事仲間らしい。こんな身形と間抜けな顔をしているがこの女は機械を造ることに関してはかなり腕が立つという。細かく言うと機械を造ることだけに関しては。だ。そこに弟は利害が一致したらしく、精密な機械を造るときは土台を▲▲に造らせ、プログラミングは自分で入れる。というように上手く使っているようだった。
「もう少しでテスト段階に入るので、今夜は泊まらせて貰います」
そういう笑う彼女の両手には袋一杯のスナック菓子。それに気付けばつい、口の周りを汚した弟の姿が頭に浮かんだ。
▲▲が泊まると言っても我が家の客室を使うわけでも弟とそういう関係でもない。最初こそいい歳した男女が2人というのもあって家族共々心配はしたものの、まぁ今になってみれば杞憂でしかなかった。
なぜなら途中で寝落ちしている弟を見向きもせず仕事が終るまで三日三晩薄ら笑いを浮かべながら不眠不休で機械を弄り続ける彼女に皆が少しばかり恐怖したからである。
それからというものの、一応毎回泊まるという度に監視はつけているが、本当に機械を造ることだけに固執しているようで、こうしてじわじわと我が家の警戒は解かれている。
「あ、そうだお兄さんこれあげますよ」
なにやらごそごそと袋を漁りながら彼女が俺に手渡したのは、色味が騒がしい知育菓子。
反射的に叩き落そうとしたが我慢した俺は偉いと思う。
「馬鹿にしてる?」
「いやいやいや!これ凄いんですよ!これこうしてこうするとウサギの形にトランスフォームするみたいで、」
聞いてもいないのに饒舌に話し出したと思えば、林檎味だしお兄さん好きかと思って見つけた瞬間買いました!なんて笑顔で純度100%の善意を押し付けてくるものだかタチが悪い。言い返す気にもなれなかったので「アリガトー」と心を無にして受け取ることにする。
「あ!林檎の見た目だけどソーダ味のグミもありますよ!要りますか?」
「要らない」
ミルキにあげて。と言うと彼女は露骨に嫌そうな顔をしながら「あいつにあげるなら私が食べます」と手に持っていたそれを袋に戻した。「それじゃあ私ミルキの部屋戻ります」そういって深々とお辞儀をして歩き出そうとする彼女を見ていると、何故だかふいに俺から離れていくその汚い作業着の首根っこを掴んでしまった。ぐぇとこれまた汚い声が聞こえる。
「なんですか?」
彼女がこちらを振り返るが、俺はどうもこの手を離す気になれなくてさらにぐぐぐと引き寄せた。
「締まる!締まってる・・!」
「お前、ほんと変わってるよね」
「え?そうですか?」
「それだけ俺の弟と一緒にいてお互い意識したりしないの?」
「ジャンルは違えどヲタク同士なんでね、仲間意識はありますよ。たまに敵視もします」
えへへとまた馬鹿な顔で笑うものだから、つい掴んでいた腕をさらに上にあげると「なんで!さらに締める!」とじたばた。その反応が愉快だったけど死ぬ!死ぬ!と騒ぎはじめたのでそろそろ手を離して開放してあげることにした。息を整えながら「何するんですか」とこちらを見る▲▲に、もう飽きたから行っていいよ。と声をかける、つもりだった。
そのつもりだったのだ。
「ねぇ、俺のことはどう思ってる?」
彼女がゆっくり首を傾げたが、俺も傾げていた。
反射的に出た言葉だが、理解が追いつかない。
俺は、何を、言ってるんだ。
頭がその答えを出そうとする前に危険を察知した俺は無理矢理そこに蓋をした。
そして「なんでもないよ」と言ってさっさとこの場とこいつから立ち去ろうとした、その時。
「実はめちゃくそ好みです」
かっこいいですよねお兄さん。と彼女は傾げた首を戻す。俺が言えた義理でもないが、それなら少しは照れたり恥ずかしがったりして欲しい。
「ありがと」
「いえいえ」
お世辞か、事実か。
不覚にも考えてしまった自分が嫌になった。