▲お隣さん

「ココで大丈夫でしたか?」
「おん、充分や。喜助、ほんまおーきに」
二階建ての決して綺麗とは言えないアパートを前に喜助から鍵を受け取り、203号の鍵穴に手元の鍵を差し込む。
「ココ、多分壁薄いんで気をつけてくださいねェ」
去り際の喜助の一言に、どういう意味や!と言い返して古めかしいドアノブを捻る。
この部屋を喜助に調達してもらったのは、近辺で気がかりなことがありそれを調査したかったからだ。しかし、共同生活が長かったせいか仄かな寂しさも抱きながら、一人という自由な環境に舞い上がっているのも事実だった。
あらかた生活ができるよう喜助が家具も整えていてくれたらしく、足りないものだけを買い出しに出るだけで今日は充分だろう。

「しっかし辺鄙な場所やなぁ」
最寄りのスーパーまで行って漕いででかなりの時間を消費してしまった。両手に抱えたシャンプーやカップ麺、電気ケトルを片付け終え、サッサとシャワーを浴びて買ったばかりのケトルで湯を沸かし、肉うどんに湯を注ぐ。
「結局コレが一番美味いわ」
まだ冷え切っていなかった焼酎ハイボールを一気に飲み干して食う肉うどんは格別に美味かった。そうこうしていると時計の針は深夜23時を回り、喜助が準備してくれたから文句は言えないうっすい煎餅布団に潜り込む。

「っ、!」
うつら、うつらとし始めた頃、俺は気づいてしまった。隣のその音に。慣れない生活が始まり、正直そこそこ疲れていた。勘弁して、という気持ちとむくむくと湧き上がる自分の欲に、気分は最悪だった。
「ご無沙汰な身にはキッツイ環境やで」
最早悲鳴にも似たどうやら達したらしい女の声が響き、終わりに近づいたかと思えばその数分後にはまた繰り返される。
「どないな絶倫やねん!」
耐えきれず壁をトントンと叩く。
「もしもぉーーし!お隣さんでっか?声漏れてますよぉーー」
「あああっ!」
返事の代わりに達したようだ。アホか、勘弁してくれほんまに。
しかしそれを最後に声が聞こえなくなり、安心していたのも束の間、俺の部屋のドアがコンコンと叩かれる。あっちもこっちもほんたココどないなっとんねん。とぶつぶつ文句を垂れつつ扉を開けると、大きめのTシャツを一枚だけ羽織った女がそこに立っていた。
「どちらさんですか」
「あの、この度はご迷惑をおかけしてすいません。隣に住んでるものです。まさか隣に誰か入居されたなんて知らなくて…」
あんな声をばら撒いて、わざわざ顔を見せにくるとは中々な度胸を持っているものだ。
「あーー、今回はええけど。…その格好は彼氏さん?の指示?かな?」
「?…彼氏さん…?」
「あー…ほら、…さっきの絶倫の」
「絶…倫…?」
「…え?」
「え?」
「いやほら、聞きたくて聞いたんちゃうけど…!まあええわ、その格好で夜出歩くんはやめた方がええんちゃうかな。危ないで」
「あっ、すいません。気をつけます」
「ほな…気をつけてください。お相手の方にもよろしゅう」
「あっ…。お相手の方はいません…」
「?あ、そうなん。ほなまあ…気をつけて…」
「はい…」
バタン、と扉が閉まり、鍵を締める。やれやれと煎餅布団へ戻り目を閉じる。
「……ハァ!?一人!?」
何度も達した後ホヤホヤの少し赤らんだ顔のお隣さんが頭から離れなくなる。
「もっと寝られへんくなったやないか!」