▲深海の未明にて
「▲▲ー、彼氏迎えに来たよ」
酒でぼんやりしていた頭が友達のその声ですっと冷めていく。何言ってんの?と状況を確認する前に、ほら帰った帰ったと無理矢理コートと鞄を持たされた私は、彼女達の中でうだうだぐちぐち厄介泥酔モンスターだったのだろう。毎度毎度申し訳ないとは思いつつも、このまま放り出されたんじゃ堪らない。生憎私に彼氏はいない。だとすれば友達の勘違いかはたまた…うん、やっぱり誰?
もう一度彼女達の所に戻ろうかと思ったがまぁとりあえず一度確認してみてもいいかと何気なく表に出るとそこにいたのは数カ月連絡もなかったあいつだった。
「イルミ?」
「うん」
「なんでいるの?」
「迎えに来たから」
ほら行くよ、と彼は私から鞄を取り上げ手慣れた様子でコートを着せると、流れるように頭を2回ぽんぽんと撫でる。くそ!こんな時にお兄ちゃん属性出すんじゃないよ!色々な感情から彼を睨むことしかできない私の視線をスルーするように歩き出した進行方向には彼のであろう車が駐車してあった。まじか。
「なんか今日のイルミ優しくない?」
「そういうお前は今日機嫌悪いね」
誰のせいで…!と言いかけたがぐっと飲み込む。
ここで感情に任せてヒステリックに騒ぎ立てる惨めな姿になるのは私のなけなしのプライドが許せなかったからだ。
イルミは彼氏じゃない。
いや数カ月前までは彼氏だったのかもしれないがそもそもそれもあやふやな関係だった。まぁ恋人同士ならぱたりと数カ月も連絡が無くなるなんて事はないだろうし、当てはめるならばセフレが一番しっくりくるのかもしれない。
悲しいけど。
むかつくけど。
大人しく助手席に乗り込み通り過ぎていく夜の街をぼんやり眺める。何故連絡をくれなかったのか、何をしていたのか、どうして今日突然現れたのか、なんで忘れようとした頃に優しくするのか。聞きたいというより責め立ててやりたい事は山程あったが、どれも口に出す気分になれなかった。イルミと話をすれば平然を装った態度がぽろぽろとボロが出そうで、もう会話すらしたくない。やめたやめた考えることすらやめた!と無言で流れる景色を見ていると「なんで怒ってるの?」と隣からの声。わざと言ってるのかと思ったが、彼の場合人をぞんざいに扱おうが本気で何とも思ってない可能性もそこそこあるので尚の事腹が立つ。嗚呼、腹が立つ。
無視を貫いてやろうかと思ったが、無言の空間に耐えきれず私から絞り出た一言は自分でも驚く程にいじらしいものだった。
「こんな時間に会いたくなかった」
なんて。
すると一瞬の間の後、イルミが少し呆れたように軽く溜息をついて「別にそんな状態のお前を抱く気ないけど」と返してくる。
「化粧もぼろぼろだし」
抱く気がないならなんで来たの?
そう問いかけそうになるけれど、全てがぶつりと途切れてしまいそうで答えを知るのが怖かった。
「別に。かわいいよ」
やめてやめて。
「棒読みじゃん」
あぁ、もうやめて。