▲荒北

「荒北ぁ、今日昼休み屋上来てくんない?」
教室が一瞬でザワっとなる。それもその筈、今日は2月14日で、男なら誰でもどこか浮ついてしまう日だからだ。とは言いつつも、オレは毎年おモテになられる”アイツら”とは違い、いつも通りの日常を過ごすだけなのだが、今年はどうやら様子が違う様だった。しかも相手が誰って、あの学年でも上位の綺麗な…否、そもそもあの女新開と付き合ってなかったか?別れたって話も聞いてないが…。
「チャリ部好きなのか?」
全員を兄弟にしてやろうとでも企んでいるのだろうか?という思いはつい言葉となっていた。
そんな言葉を吐きながらも、どこかいつもより軽い足取りはトントンと階段を駆け上がる。昼休みになった瞬間向かいたかった気持ちを落ち着けて、本当は昼メシを食ってから向かうぐらいの余裕をかましたかったものだが、結局のところ申し訳程度にションベンだけ寄ってから気づけば駆けつけると言っても良いほどの早足で屋上へ向かっていた。
しかし、どうしたものか。仲間の女に手を出す様な悪趣味は生憎持ち合わせておらず、駆けつける割にはお断りという選択肢しか残されてないよな、と思慮する。だが、あの魅力的な身体はそう簡単に切り捨てるには勿体無い。きっと”あの時…”と後悔する一件になることは違いない。もしあいつがチョコレートを渡してきて、荒北が好きなの。と言ったらどうする。お前新開と付き合ってなかったか?とあっけらかんと答えて一欠片のチャンスを逃したら…?否、チャンスってなんだよ。
「ホントオレ最低」
ギィ、と目の前の重たいドアを開けば、冷たすぎる風が頬を掠める。
「寒、」
そういえば上着さえ着てこなかったな。そんなことさえ今気づいた程度にはしっかり浮かれポンチだったんだと痛感する。高鳴る鼓動に見て見ぬふりをして、余裕をすかしながら辺りを見回すもアイツらしき姿はない。
「あ、…」
思わず声が出たのは、アイツの代わりにあった姿がみょうじだったからだ。バレンタインは皆平等に訪れる。それはみょうじも例外ではない。ああ、好きな奴いたんだ。とさっきまで浮かれていた心はどん底に落ちる。ホントに調子の良い奴と思われるだろうが、オレはみょうじをひそかに想っていた。いやホントさっきまで仲間の女と都合よく遊ぶ方法を考えていた頭で何考えてんだって話だ。
「荒北くん、」
「あー…ワリ、邪魔する気はねェんだけど…」
「あ、えっと、荒北くん、ごめんなさい!」
「えっ?」
「あ!いやあのえっと…実は呼んでもらったの。荒北くんのこと」
「…え?」
「勇気なくて…ごめん」
「あ、いや別に」
思わぬ流れに思考回路はショート寸前だ。つい期待が過るが、その期待が合ってるのかさえわからない。
「あの…これ、受け取ってほしくて」
ピンクの紙袋を両手で差し出すみょうじは恥ずかしそうに下を向いている。
「アリガト…」
「なんか…私でごめんね!!今日も部活がんばって!」
気まずそうに走って出て行こうとするみょうじの手首をすかさず掴むと、ただでさえ大きな目をもっと大きくして真っ赤な顔でオレを見ていた。
「誰からより嬉しいわ、コレ」
「えっ、…」
「これって、そういう解釈でいんだよな?」
「あ、…うん」
「フーン。…じゃ、ホワイトデー期待して待ってな」
手首を離すと、みょうじは両手で口元を覆っていた。立ち尽くす彼女の頭に二度トントンと触れて、オレの方が逃げる様に数分前に開けたばかりの重たいドアに手をかける。ギィ、とまた同じ音が鳴り、バタンと閉まったその瞬間、オレはドアを背に座り込む。思わぬ収穫に、すかした割には自覚するほど頬に熱を感じている。
「…やっべェ」
ドキドキとすごい速さで刻む鼓動は暫く止みそうにない。